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死ネタ
善逸の過去捏造



夢であればと願った。

けれどそれは、どんなに願おうとどんなに祈ろうと、どうしようもなく現実だった。


「なん、で…」


月明かりに照らされたそれはまるでかぐや姫のように美しく幻想的ではあるが、片手に引きずる血塗れの人だったものが人喰いの化け物だと主張している。


「…おや、見たことある顔だと思えば、善じゃないか」

「善逸、知り合いか…?」


固まる俺に炭治郎が問いかける。知り合いなんてものじゃない。あいつは…あの人は…!


「友達ができたのか。そうか…お前にも友達が…」

「なんで、あんた…」

「…そうさ。私は鬼だ。かれこれ数百年を生きる生粋の鬼。何の因果か、善が鬼狩りとして再び私の前に姿を現すとは思っていなかった」


彼女…名前は持っていた肉塊を放り投げる。炭治郎が刀を抜いた。


「刀を抜け、善。そこの小僧のように。私は下弦だ。情に流されていては勝てないぞ」

「善逸、事情はわからないけどあの人は鬼だ。なんであれ、人を殺し喰っていたことに変わりはない」

「いい心構えだ」


炭治郎が名前に向かっていく。名前も応戦した。俺はただ、震えながらそれを見ていた。





『うわーんッ!わぁああああん!!』


ずっと昔のことだった。俺がまだ齢一桁の時。物心ついた時から俺を育ててくれていた人がいた。


『あらあら、どうしてそんなに泣いているんだい?』

『えぐッ、だ、だって…みんながおれを“親なしっ子”ってバカにするんだ…』

『そうか、それはかわいそうに…。おいで、善』


彼女からは常に優しい音がしていた。慈愛と優しさに満ちた音。そばにいて心地がよかった。
そんな彼女を俺は大好きだった。


『名前…』

『ん?』

『なんでおれには母ちゃんも父ちゃんもいないの?』

『さぁ、何でだろうねぇ』

『ねぇ、名前が母ちゃんになってよ!おれ、名前の事大好きだからいいでしょ?』

『…はは、悪いがそりゃできないね』

『どうして?おれのこときらい?』

『いんや、大好きさ。けど、無理なんだ。善が大きくなったらきっとわかるよ』


そう言って名前は悲しそうに笑った。





なんで昔の事を思い出したんだろう。今。このタイミングで。
炭治郎が押されている。助けないと。名前は本気だ。本気で殺そうとしてる。

…でも。


「善逸ッ!!」


無理だ…俺にはできない…


「善逸…!」


名前を斬るなんてできない…!


「立て、善ッ!!!」

「、!!」


弾けるように顔をあげる。名前は炭治郎と対峙しながら鋭く俺を見据えていた。


「立て!刀を取れ!へたり込むな!男なら膝を着くな!お前が今目の前にしているのは下弦の鬼!人を喰らい、死を呼び寄せる化け物だ!鬼狩りなら迷うな!何も考えず、容赦慈悲を捨てて斬り捨てろッ!!」

「ッ…!!う、うああああああああああ!!」


何も考えられなかった。考えたくなかった。頭の中全部真っ白にして、気付いたら俺は名前の首を抱き締めて泣いていた。


「何でだよぉ…!俺、ずっと信じてたのに…あんたは鬼だけどッ…俺にくれた優しさは嘘じゃないって…!」

「嘘じゃないさ」

「ッ…」

「嘘じゃ、ないんだよ…本当に愛していた。我が子のように、ずっとずっと。強くなったね、善…」

「そんなこと言うなよぉ!!」

「…なぁ、善。昔、お前は私にはどうして自分には親がいないのかと聞いたな」


なんで今その話が出てくるのかわからなかった。そんなの、今の俺にとっちゃどうでもいい話で。だって、俺を育ててくれたのは紛れもない名前で…


「夜道である夫婦と出くわした。赤子を抱いた若い夫婦だ。私の爪牙を逃れるために投げて寄こした赤子がお前だった」

「え…」

「初めはすぐに喰ってやろうと思ってたのに…。お前があまりにも無邪気に笑うから…」


はらはら。名前の両目から涙がこぼれる。頭部はほとんど消えていた。あぁ、待ってくれ。


「お前になんて会わなければよかった…そうしたら、私はただただ残虐な鬼でいられたのに…」

「名前、さん…」


炭治郎が隣にしゃがみこんだ。満身創痍で痛いはずなのに、それでもいつもの優しい音を響かせて。


「思っていても、そんな嘘はついちゃだめだ。あなたは罪のない人間を殺した。それは変わらない事実だけど、あなたが善逸を想う気持ちも同じように変わらない」

「…!…あぁ、善、お前はいい友達を持てたんだな…」

「!」

「なら、もう大丈夫…」

「待って、消えないて名前…!俺、まだあんたに何も返せてない!もらってばっかだ!俺は…!」

「返さなくていいんだ。それは、返すものじゃない。…ありがとう、善。お前と過ごした日々、とても、幸せだった」

「名前ッ…!」





「さらばだ」




そうして名前は灰となり、消えた。
俺は泣いた。今までで一番と言っていいほど泣いた。

散々泣いて。泣きまくって。夜明け近く。漸く泣き止むと炭治郎も泣きそうな顔して笑ってた。


「帰ろう、善逸」

「…うん」


夜明けは等しくやって来た。風は名前が着ていた着物を吹き飛ばし、俺たちは振り返らずにその場を後にする。

生きなければいけない。悲しみに暮れようが、受け入れきれない事実に直面しようが、息をして、心臓を動かしている限り生き続けなければならない。


『“善逸”と言う名はな、“善き行いができる優しい人間になれますように”と言う願いを込めて付けたんだ。いい名だろう?』


優しく吹いた風に乗って名前の声が聞こえた気がした。