▼ 5:怒って焦ってそれから
広い荒野にいた。
鋭い岩壁が立ち並ぶそこはきれいな真円を描く満月に照らされてわずかながら青白い輝きを放っていて、そんなど真ん中に私は立っていた。
何をするわけでもなくただ立っていて、そして何かに引き寄せられるように夜空を見上げながらゆっくりと歩みを進めた。
何かに呼ばれている気がする。
けれどそれが何かわからない。
漠然とした何かに向かって歩き続ける私の真上を、一筋の光が通過した。
青白い色を放つそれはゆっくりと弧を描き、ただただ広い荒野に落ちていった。
墜落した衝撃で風が私の髪を巻き上げるが、私はそれを気にも留めずに再び歩みを再開させる。
そして光が落ちたであろう陥没した地面の淵に立って、ゆっくりと視線を下げていく。
その瞬間、今までの日にならないくらいの輝きを放ったそれに目が眩んだ私は…―――
「――…。…ちゃん、ケイちゃん!」
「ッ!!」
「いつまで寝てるんでうぃす!?朝ですよ朝!清々しいUSAの朝!ほら早くお顔を洗って着替えて外へと繰り出しましょう!!………どうしました?」
「いや…ここどこだろうと思って…」
「何言ってるんでうぃす?ここはUSAの新たなケイちゃんのおうちじゃないですかぁ」
何寝ぼけてるんでうぃす?
そう言うウィスパーに徐々に頭が覚醒していく。そっか、私USAに引っ越してきたんだっけ。数日だけど日がたってるにも関わらず未だ慣れないってちょっとした問題だと思う。
…てゆーか、
「私、何かに呼ばれた気がする…」
「ホームシックじゃないでうぃすか?きっと夢にフミちゃんたちが出てきたんですよ」
「そう、かな…」
「もう、ケイちゃんってばせっかくUSAでお友達ができたのに、いつまでも未練がましくフミちゃんたちのことばかり焦がれてちゃいけませんよ?」
「焦がれてないっての。私は恋する乙女か」
「あながち間違っちゃいないでうぃす」
すぱこーんッとハリセンでウィスパーを部屋から追い出した私はクローゼットから服を取り出し着替える。
夢で漠然としない何かに呼ばれた気がした。けれど何に呼ばれて、尚且つどんな夢を見ていたかも思い出せない私はウィスパーの言う”寂しさのあまり夢いフミちゃんたちが出てきた”のだと思い込むことにした。
人の見る夢はとても儚い。起きてすぐはどんな夢を見ただとか案外覚えていたりする。けれど一瞬、一瞬でも何かに気を取られたのならそれは宙にくゆる煙のように霧散してしまう。
靴下を履き、ベッドに鎮座する大切なぬいぐるみたちに目を向けた。
「…寂しくないよ、私は平気」
誰に言うでもなく呟き、部屋を後にした。
「ウィスパー、UFOって本当に要ると思う?」
「UFOとは未確認飛行物体、目撃情報は以外にも多いでうぃすが、ほとんどのものはガセネタや映像合成、CGです。私はそんなのいるわけないと思っていますけどねぇ」
「UFOで未確認なら妖怪も十分未確認だと思うんだけど…」
むしろ通り越してUMAだよね。ぼそり、とそういうと存外地獄耳なウィスパーは喚きだした。うるさいごちゃごちゃ言ってると置いていくからね。
「ヒキコウモリの言ってたノースピスタ地区ってどんなところニャン?」
「言ってたじゃん。公園もあって、倉庫型マーケットがあって、潮風の吹くのんびりとした場所だって」
「それだけじゃわからないニャ…」
「私だってわかんないよ。とりあえず公園に行ってみよう。USAの公園ってどんな遊具があるのか気になるし」
「日本よりでっかいものばかりだったらどうするニャン?」
「それはそれで楽しそう!」
「おれっちブランコ乗りたいニャン!」
「はいはい」
「ちょ…二人とも…!私を無視しないでほしいでうぃすー!!!」
ウィスパーがなんか言ってる気がするけど気のせいだと思う。
ジバニャンとUSAの街にはしゃぎながら歩いていると、いつの間についたのかふと見上げた先の看板に”ノースピスタ地区”と表記されてあった。しゃべりながらだと本当あっという間だよねぇ。見るもの見るものすべてが珍しくて、よそ見をしながら歩いていたのがいけないのか唐突に鋭いクラクションの音が耳を劈いた。
「、え?」
振り返ると大きな積み荷を乗せたトラックが猛スピードで迫ってきていて、あまりに驚きすぎてその場で足を止めてしまった。
「何してるニャケイ!!早くそこから逃げるニャン!!」
いち早く気付いたらしいジバニャンがトラックに向かってひゃくれつ肉球を繰り出す。我に返った私は再び足を動かす。視界の端っこでジバニャンが飛ばされるのが見えた。またトラックからのクラクション。ダメだ、逃げ切れない…!
もうすぐそこまで迫ってきていたトラックに私の中で諦めが出てきたとき、不意に私の体に軽い衝撃を受け、妙な浮遊感を感じた次の瞬間、強い衝撃とガッシャンッという音と共に気付いたら私の体はゴミ捨て場の中に埋もれていた。
「いっ……あ、れ…?私、生きてる…?」
クラつく頭を押さえながらゆっくりと起き上がると、ゴミ捨て場の近くにカラカラと車輪が空回りする自転車を見つけた。一体、何がどうなっているんだ…
呆然と惚けていると突然強い力で両肩を掴まれる。き、今日は唐突なことが多いな…なんてバカみたいなことを考えていると視界に映りこんだ青い目。
「ッ、バカ野郎!!何よそ見してんだよ!!あぶねーだろ!!」
「、ご、ごめ…」
「謝って済むかよ!!大体、ぼけっとよそ見しながら歩く奴がいるかッ!!!あんなのに撥ねられでもしてみろ、即死だぞ!?二度とすんな!!わかったか!!」
「わ、わかった…ごめんなさい…」
ぜぇ、ぜぇ、と息を切らす彼と、傍で横転する自転車を見て助けてくれたのだと理解する。怒鳴るだけ怒鳴った彼にしりすぼみになりながらもなんとか謝罪を口にすると、彼は「はぁあー…」と深くため息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
「…怪我は」
「、?」
「だから、怪我はねーのかって聞いてんだよ」
「あ、う、うん…大丈夫みたい」
「…気を付けろよ」
「う…うん…」
少年はゴミ捨て場から抜け出すと、落ちていたサングラスを拾って自転車を壊れていないか確認した後、それにまたがってどこかへ行ってしまった。
「ケイーーーーーー!!!!!!!!!!」
「ケイちゅわあああああああああああああああああああ!!!」
「きゃッ…!」
どばしゅんッと猛突進してきた赤と白の塊を受け止める間もなく再びゴミの中に沈む。私の腹の上に蹲る2人は顔中すべての穴からいろんなものをまき散らしながら泣いていた。ちょ、きたなッ!!汚い汚い今すぐどいてッ!!
「よ、よがッ…よがっだでうぃずぅうううー…!」
「おれっち、ケイがエミちゃんみたいになっちゃう気がしたニャン…!でもでも…!ちょっとでも時間稼ぎができてよかったニャンんんんんん!!」
「ご、ごめん、ごめんね2人とも…私がよそ見してたばっかりに…」
「ほんとでうぃす!!…けど、さっきの少年に本当に感謝ですね」
「………あ」
ウィスパーの言葉にさっき私を助けてくれた少年を思い出した。そういえば私…
「…言ってない」
「ニャ?」
「私…あの子にお礼言ってない…!」
「…ケイちゃん、前にもこのパターンありませんでした?」
「あー…影オロチの時にゃんね…ケイ、そういうの多いニャン…」
「…で、でも!特徴はちゃんと覚えてるよ!ふわふわの赤毛に自転車乗ってて…服装は確か黒と緑…?あ、あとサングラス!」
「思いの外アバウトでしたね…」
「ま、同じ町に住んでるのならきっとまた会えるはずニャン。その時に改めてお礼を言えばいいニャンよ」
「そう、だよね…見た感じ同じ年っぽいし、もしかしたら同じ学校かも」
よっこいせ、とウィスパーの手を借りながら立ち上がる。すっかりゴミ臭くなってしまったから
一度家に帰ってお風呂でも入ろう。そう思いながら歩き出そうと踵を返した瞬間、視界の端っこで青い何かがきらりと光った気がした。…なんだろう、これ。青いきれいな石のついたペンダント。それになんだか妙な既視感を覚えた気がした。
「もしかしたらさっきの奴の落し物ニャン?」
「もしそうなら始業式まで待ってちゃダメだよね。早く返してあげなきゃ…」
ペンダントを大事にズボンのポケットに仕舞い込み、今度こそ私はその場を後にした。
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