▼ 2:"またね"と約束
「…そ、か…」
両親からUSAに行くと衝撃的報告をされた数日後、ちょうど遊ぶ約束をしていたフミちゃんやクマ、カンチくん、そしてマオくんにそのことを話した。
「外国か…会いに行くにはちょっと…」
「俺たちだけじゃ無理だな…」
「…ず、ずっと向こうにいる訳じゃないんでしょ?帰ってくるんだよね…?」
「…わかんない。お父さんは、仕事がうまく行ったら私は向こうの中学に通うかもって言ってるし…」
「そんな…」
どんより、と眉を垂れさせる友人たちに不謹慎だけど、ちょっと嬉しくなって少し笑った。目敏くそれを見つけてきたカンチくんは「なんで笑ってんのさ」とぷりぷり怒られてしまったけれど。
だって、みんながそんな顔してくれるってことは、少なからず私のことを友達だって思ってくれているからでしょ?そう思ってくれてるのがなんだか嬉しくてさ。
…みんなが私の友達でよかったって思って。
「…ばか」
苦笑気味にそう言うとフミちゃんは泣きそうになりながらも笑って見せた。
「出発っていつ?」
「明後日の金曜日、朝一の便で行くの」
「明後日?!き、急だなぁ…」
「なんで言ってくれなかったのよ!」
「い、いろいろあって忙しかったんだって…」
ほら、荷造りしたしとか学校に申し出しに行ったりとかいろいろ。
「そっか」
それっきりマオくんは、何かを考え込むようにして黙り込んだ。お父さん、本当は朝一じゃなくてお昼くらいの便で行きたかったみたいなんだけれど、空いてるのが朝一番しかなかったみたいで泣く泣くとったらしい。仕方ないよね、お父さんは仕事で行くんだし、言っちゃなんだけど早く行くに越したことはないから。向こうでの生活にも早く慣れないと。
…英語大丈夫かな。
「そうだ!」
英会話について頭を悩ませていると、唐突にフミちゃんが大声を出した。すっごいびっくりしたんだけど、いきなり大声出すのはやめてほしい。
「ねぇ、今日は普通に遊ぶんじゃなくて、ケイちゃんの行きたいところにみんなで行くってのはどう?」
「お、いいなそれ!」
「せっかくだしいいんじゃない?どこ行く?」
「ケイ、お前どっかいきたいところねーの?」
「い、行きたいところって急に言われても…」
正直特にないというのが私の中での答えなんだけれど、それじゃあ彼らは納得しないだろう。うーん、困ったものやら…
早く早く!と急かしてくるフミちゃんたちをしり目に頭を悩ませていると、今まで沈黙していたマオくんが助け舟を出してくれた。
「せっかくだしみんなで水族館行こうよ。確か今、中学生以下の入場料が半額になってるみたいだし」
「そ、そうなのか!?」
「本当だ…SNSにも拡散されてる…」
「じゃあそうと決まればさっそく行きましょ!ほらケイちゃん!」
「え、あ、うん」
フミちゃんにがっしりと腕を掴まれた私は連行されていく宇宙人のごとく、ずーるずーると引きずられていった。ちょ、みんな歩くの早いって!
バスに乗って水族館前で降りた私たちは意気揚々と(私を除く)受付で入場料を払い、館内に足を踏み入れた。アジの大群、さまざまな魚たちが入り混じった大水槽、間抜けな顔のマンボウ、アクアトンネル、不思議な色を放つクラゲたち、深海魚のコーナー、そしてラストはイルカショーと、思いの外満喫した私たちは帰り際にクマの提案でお土産ショップに来ていた。
水族館に置いてあるぬいぐるみとかってもふもふしててかわいいのが多いよね。アザラシとかイルカとか。せっかくだし私もなんか買おうかなぁ。
「何見てるの?」
「うわッ!」
うーん、とイルカかアザラシどっちのぬいぐるみにしようか吟味していると、真後ろからカンチくんがぬッと出現した。ドッドッと(恐怖的な意味で)早鐘を打つ心臓を抑えつつカンチくんを睨む。マジ許さんこいつ。
「そ、そんなに驚く!?」
「驚くに決まってんでしょ!しかも背後から…!」
「ご、ごめんごめん」
まったく、しょうがないなぁ。長年の付き合いで許してあげようじゃないか。
用件を聞くと、どうやらみんなはもう買いたい物は買ったらしく、店の外で待っているとのこと。ちょ、一言くらい声かけてくれてもいいのになんてひどい。
「で?結局どっち買うの?」
「うーん、本当はどっちもほしいところだけど…無難にイルカでいいや」
青色のイルカを手に取り、先に外にいるようにカンチくんに伝えてからレジに並ぶ。おっふ、1800円とか、小学生のお小遣いではなかなかに大きな出費だった。…まぁ、USAじゃ日本円使えないからいっか。残ってるお小遣いはお母さんに換金してもらおっと。
店員さんからイルカのぬいぐるみが入った袋を受け取り店を出る。いつの間にか外は夕暮れ時で、館内からは帰宅しようとする家族連れが大勢いた。
「ケイちゃーん、こっちこっちー!」
「おっせーぞ!」
「ごめんごめん、何にするか迷っちゃってさ」
結局イルカにしたよ。
そういうとクマは「ケイでもぬいぐるみとか買うんだな!」とか馬鹿にしてきたから腹が立って足を踏んずけてやった。痛がるクマに嘲笑一つ。普段からゲームばっかしてて悪かったわね。
「あー、にしても楽しかったね!特にイルカショー!すっごい迫力だった!」
「だよねぇ!」
口々に感想を言いながら帰路につく。バスでさくら住宅街まで戻り、歩きなれた道を夕日を背にして歩いていると、私たちそれぞれの家へと続く分かれ道にたどり着いた。
「…なんか、あっという間だったね」
「うん…」
「明後日からこうやって5人で並んで歩けないって思うと、寂しくなっちゃうね…」
水族館に行く前みたいにしんみりとした空気が漂う。…私あんまりこういう空気好きじゃないなぁ。ぐるり、と考えを巡らせてぱちんと手を叩く。
「ずっと帰ってこないってわけじゃないよ。もしあっちに永住してしまっても、長期休暇利用して帰ってくるし、現在には携帯電話って言う文明の利器があるんだよ?それに、お父さんが英語話せなくて案外あっさりと日本に帰ってくるかもしれないよ?」
「そ、うだね…そうだよね!二度と会えないってわけじゃないもんね!」
「遠く離れてたって俺たちは友達だからな!」
「USAの人気のゲームとか教えてよね!」
「ケイちゃん」
ふとマオくんを見た。夕日に照らされて赤く色づくマオくんの瞳はにっこりと弧を描き、徐に私の手を取ったと思ったらぽとり、と何かを落とした。
「…これは?」
「ペンギンのキーホルダー。ちょうど5色あったから僕たちみんなでお揃いにしたんだ」
「私はピンク!」
「俺は青!」
「僕は緑」
「僕は紫。で、ケイちゃんが赤」
いたずらっぽく笑う彼らの手には、私の掌にあるものと同じペンギンが掲げられていて。…なんだよ、まったく。いつもいつも、私が嬉しがることばかりやってのけてこの友人たちは。じわり、と滲んだ視界。それを悟られないようさり気なく手の甲で拭う。
「…ありがとう。ずっと大事にするから」
「当たり前。あと…、はいこれ。僕ら全員からケイちゃんに」
フミちゃんから差し出された紙袋を思わず受け取る。開けてみて、とマオくんに言われ中をのぞくと、買うのを断念した白いアザラシのぬいぐるみがぽてん、と入っていた。瞠目してフミちゃんたちを見ると、全員が全員したり顔。
「なん、で…」
「私たち全員で割り勘したの。カンチくんが教えてくれてね、もう一度全員で店に戻って買ったの」
「これを俺たちだと思って飾っとけよ!」
「一つしかいないけどね」
「あ、ほんとだ」
あぁ、もう…みんなしてこんなことばっかり。小学生のお小遣いは少ないんだぞ。こんなことにお金使う暇あったらガンバール戦機のトレーディングカードでも買ってなよ。なんて。
ぶわり。せき止められなかった涙が両目からあふれ出る。それを見て男3人は慌てふためき、フミちゃんはしょうがないなぁ、と言うように私の背中をなでた。
「やっぱり私、ずっとここにいたいよ…みんなと一緒にいたい、寂しい…」
「うん…」
「けど、私はまだ子供だから親の加護なしじゃ生きていけない…だから」
だから、またいつか会うその日まで、いつの日か日本に帰ってくるであろうその日まで、
「どうか私を、忘れないで…」
「「「「大事な親友を忘れるわけないよ」」」」
私がそう絞り出すと、4人は曇りない笑顔で言い切った。
さよなら、という言葉は私は嫌いだ。その一言で、会えるはずなのに二度と会えなくなってしまうと錯覚してしまうから。だから私たちは”さよなら”なんて言わない。
“またね”
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超絶長くなってしまった。
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