▼ 17:すーぱー…
死に物狂いでようやっと入り口まで戻ってきた私たちは、壁に背中を預けそのままズリズリと床に座り込んだ。余談だけれど、いまだマックに抱え込まれている私は必然気に彼の足の上に腰を下ろすことになる。恥ずかしいったらありゃしない。
「はぁ…はぁ…あーッ!いきなりびっくりしたなぁ…!」
「ななな、何なんでうぃすかあれはぁ…!」
「すっごいキモかったニャン…!」
「あれ、私が夢に見たゾンビと同じだったよ…現実にゾンビは本当にいたんだ…!」
「ケイちゃんの言ってたことはホントだったんですねぇー…!そして緑色の液体と足跡は、ゾンビのものだったってわけですか!」
「問題は、これからあのゾンビたちをどうするか…だな」
うーん…と思考の奥深くに行きそうになる前に、マックの服をくくい、と引いた。
「なんだ?今それどころじゃ…」
「あの…私もう平気だ、よ…?」
「………………………うわッ」
ようやく今の現状に気付いたらしいマックは、あたふたと挙動不審げに上半身を動かした。ちょ、危ないってバランス崩す…!
「わ、悪い…!俺必死すぎて…!」
「い、いいから…!気にしないで…!私こそ助けてくれてありがとう」
よいしょ、とマックの膝から立ち上がり、胸をなでおろす。なくなった温もりに少し寂しいと感じるものの、気のせいだと頭を振った。こ、これじゃあ私、へ、変態さんじゃない…!温もりがさみしいとか…!子供かッ!!
「ヘイ、ボーイ、アンドガール!お困りなら、俺が力になってやるぜ?」
「ギャッ!!!」
悶々と頭を抱え込んでいる私の背後、つまりすぐ後ろから唐突に声が響く。いきなりのことで前につんのめった私は思いっきりマックにしがみついた。
「あちゃぁ…」
「いったい…」
「オウフ…大丈夫かい、ガール?」
「ギャーあああああッ!!!く、くんな!!こっちくんなッ!!」
「ぴ、Pラビットが動いた…!?」
「オイオイオイ…そんなに驚くなよブラザー」
「ブラザー言うなッ!!あっちいけ!!」
「お、落ち着けってケイ!」
おーよしよし。そう言いながら背中をさすってくれたマックにいささか落ち着きを取り戻す。私としたことが、ぬいぐるみ如きで取り乱してしまった…。深く深呼吸をして小さく南無阿弥陀仏を唱えた。
「あっちいけだなんてひどいこと言うぜ…せっかくこの俺がゾンビたちの秘密を教えてやろうってのによ」
「ゾンビたちの秘密…?」
「そうさ。このスーパーのバックヤード、つまり、店員たちしか入れないエリアにゾンビの秘密が隠されているぜ?」
「バックヤード…?」
スタッフルームみたいなものだろうか…。そこにゾンビたちの秘密があるってことは、この店内だけを探索するだけじゃ意味はないってことだよね。どこかにあるバックヤードに行けるドアを見つけて、さらにそこで徘徊するゾンビたちに見つからないように秘密を探る…ってことかな。うわぁ、難しそう。そもそもバックヤードの鍵とかどこにあるんだろう…まずそこからだよね。
「ちなみにバックヤードの鍵は俺が持ってるぜ?」
「寄越せこの闇ウサギ」
「口調…!口調が崩壊してるニャン…!」
「あまりの恐怖に口調がおかしくなってるんでうぃすよ…!」
「お、落ち着けガール…!」
「どーどー…!」
マックやジバニャン、ウィスパーに宥められながら少しずつ平常心を取り戻す。ほんと、もう…この闇ウサギ怖すぎて死にそう。冗談は顔だけにしてほしい。
「とにかく、鍵が目の前にあるのならツイてるぜ!さっそくその鍵でバックヤードに行けば…」
「鍵を渡すのはいいけど、道中あいつに見つからないように気を付けろよ?」
「は?あ、あいつ…?」
「…ほら、来たぜぇ?」
Pラビットの言葉に疑問符を浮かべるものの、その後すぎに聞こえてきた大きな地響きにびしり、と体が凍り付いた。
「人間ノ…ニオイ、ダ…!人間…!ド〜コ〜ダぁ〜!?」
地を這うような不気味な声。え、何!?何なの…!?何この声こっわぁ!!
「あいつはスーパー店長。このスーパーでゾンビを取り仕切るゾンビの店長だ」
「ちょ、ちょっと…!なんか私たちのこと探してない…!?」
「しーッ!声がでかい!」
「もご…」
後ろからマックに口を塞がれてしまった。
「まずいな、万が一あいつに見つかりでもしたら…」
「ヤバイ」
「見ればわかりますよそんなことぉ!!とにかく!!早く鍵を私たちに渡してくださいよぉおおー!!」
「お、おいおい…怒るなよ…それに、そんなに大声出してると…」
ずどぉおん…!唐突に私たちのいる少し離れた場所からそんな音が聞こえた。私たちは一瞬フリーズ仕掛けるものの、恐る恐る振り返る。そこにはスーパーマン似の風貌をしたでかいゾンビが仁王立ちしていて…
…もしかして、あれが言ってたスーパー店長…!?
「ほ〜ら、言わんこっちゃない!こわ〜いスーパー店長がお怒りだ!さすがにこの状態でここには居座りたくないからな、俺はお暇するぜぇ?じゃあな!」
そう言ってぼふん、と紫煙を上げたPラビットは、次の瞬間には鶏みたいな変な姿に変わったと思ったら私に鍵の束を投げ寄越してそのまま消えてしまった。ちょっと、鍵くれるのはいいけど1人で逃亡しないでよ…!!
「おい、ケイ!!ボサッとしてんな!俺たちも逃げるぞ!!」
「う、うん…!」
ジバニャンをカートに放り投げ、マックに手を引かれるまま店内を疾走する。てゆーか、なんで私たちカート押してんの!?これいる!?邪魔だよね!?
「ケイ!カートに乗れ!」
「はぁ!?乗るって、カゴの中に!?」
「違う!カートの縁に足をかけろって言ってんだよ!」
走りながらマックが叫ぶ。ジバニャンがいるカゴの中じゃなくて、持ち手の下にある縁に乗れってこと…!?そ、そんなことしたらひっくり返るじゃん!
「いいから!俺に考えがあるんだよ!!」
「考えって…そんな土壇場で思いつくもんなの!?」
「つべこべ言わずに言う通りにしろ!!」
…ええい、どうにでもなれ!!
走りながら、タイミングを見計らってカートの縁に飛び乗る。それを確認したマックはウィスパーにも一緒にカートを押すように声をかけた後、一気に加速した。ひ、人1人と妖怪1匹乗ってるカートをここまで疾走させるとか…!どんだけすごいのよ…!
マックはスーパー店長からうまいこと逃げつつ、その辺に転がっていた板を足場代わりにしてカートごと陳列棚に乗り上げた。ちょちょちょ、ちょぉ…!!何!?何してんの!?めっちゃ怖いんだけどぉおお!!
「ニャニャー!!」
「こ、こわ…!怖いんだけど…!」
「おーっし、しっかりつかまってろよ!!」
「ま、待ってマック、何する気…!?」
「飛ぶぜ!!」
「はぁッ!?」
「白いの、思いっきり押せー!」
「うぃすー!!」
ぐんッとさらに加速し、私の腹に腕が回されたと思った次の瞬間、私たち、正確にはカートは棚から浮き上がり、全身に奇妙な浮遊感を感じた。その間数秒、数分、数時間…実際の飛行時間はきっと短かったんだろうけれど、私は結構長い間空中に停滞していたかのような錯覚を起こした。隣でマックの笑い声が聞こえる。ジバニャンの感嘆の声が聞こえる。ウィスパーはなんか変な規制挙げてるし、ヤマトは無言。私は…
「(あ、死んだ)」
まるで他人事のようにそんなことを思ったのだった。
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