▼ 16:目まぐるしく
「さぁ、ついたぜ!」
いよいよ深夜のモーシンデルマートへとやってきた私たち。廃病院になら言ったことはあるけど、夜のスーパーなんてそういえば初めてだった。なんだろう、少し怖いけどめっちゃドキドキする。楽しみ的な意味で。
「どうやって入ろうか」
いつもなら雲外鏡を呼び出すところだけれど、妖怪メダル持ってないからね。裏口を探すか、最悪ピッキングするか…できれば後者はしたくないけれど。
「入り口のドアは鍵がかかっているはず。だからまずは…」
「あれ、ドアあいてますけど」
入り口を調べていたらしいウィスパーが言う。どういうことだろうか。これだけ大きいスーパーなら閉店後は確実に鍵を閉めるだろうし、閉め忘れなんてそんな…。あ、もしかしてまだ誰かが中にいて、レジ締めしてるとか?
「逆に怪しいな…見るからに人の気配なんてなさそうだし…」
「どどど、どうします…?今日のところはもう帰っちゃいますか?」
「バカ言うなよ、せっかくここまで来たんだ!こうなったら、中に入るしかないだろ!」
「てゆーか、見た目一番幽霊っぽいあんたがビビッてどーすんのよ」
「びびびビビってませんし!?これは武者震いですけどいやですねケイちゃ」
「あ゛あ゛ぁ゛ぁー…!」
「キャーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」
ウィスパーとジバニャンの茶番を横目にモーシンデルマートを見上げた。
「…行こっか」
「だな」
真夜中なだけあって、スーパーの中は真っ暗だった。かろうじで陳列棚の影を確認できるくらいだろうか、なんにせよむやみに動いたら危ないなぁ。
「とにかく、ゾンビがいる証拠を探そうぜ。本当は手分けしてーって言いたいところだけど、さすがに危ないなら、固まって動くぞ」
「おー…」
もうすでに帰りたい私を許して。妖怪とかそういうものには耐性はあるけれど、ゾンビとか噛まれたらこっちもゾンビになるじゃん。やだよそんなの。
今にも動き出しそうな等身大のPラビットを視界の隅に捉えながら、スーパーの奥へと足を踏み入れていったのだった。
「うっわ、真っ暗だね…」
「そりゃそうだろ。さすがにいきなり電気がついたら俺でもビビるぞ」
「ぎゃッ!」
唐突にウィスパーが奇声を上げた。ちょぉ、びっくりするんだけど!!
「どうした白いの!?」
「な、何やら床にネチョーっと液体が…!」
「液体?」
「ニャニャー!こっちの床にも何かあるニャンよー!」
「これは…足跡みたいだな…」
粘着質な液体に、何かを引きずるような足跡。暗がりに目を凝らせば、それらがいくつも床にあるのがわかった。うぇー…気味悪い…
「うーん…このスーパー、なーんかおかしいぜ…緑色の液体に、足跡…あれは一体何なんだ…?」
「お客さんの落し物…ではないですよね、さすがに…」
「逆にどうやって落とすのよ、あんなもん」
ふと思い出した。そういえば、夢に出てきたゾンビたちも、緑色だったような…
そこまで思い出していると、不意に何やら粘着質な音が私たちの耳に飛び込んできた。ネチャ…ネチャ…って。人間の足音とは程遠い音に一同は思わず顔を見合わせる。
「…俺さ、今すっげー嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だね、私もだよ…」
「あっちから聞こえるニャンよ」
ジバニャンがさす方向に恐る恐る向かう。一番背の高い陳列棚の影に隠れて、少しだけ顔を出した。
「…うわ、」
すぐにひっこめた。何、あれ…。どこぞのテーマパークのホラーナイトじゃないんだからさ、もういいでしょ。遠い目をする私を不思議に思ったのか、今度はマックが陳列棚から顔を出した。で、同じようにすぐに戻した。
「…いくらなんでもいすぎじゃないか?」
「そんなこと私に言われても…」
「ア゛ー…?」
不意にそんな声が頭上から聞こえた。なんだろう、気のせいかさっきよりもさらに拍車がかかって暗くなった気が…
「ちょッ、ケイちゃんケイちゃん後ろおおおおおおおー!!!!」
ウィスパーのただならぬ絶叫に振り返ると、ちょうど私たちのいる陳列棚から私たちを見下すように顔をのぞかせる緑色の物体が…
「ぞぉーん!!」
「ッ、きゃあああああああああーー!!!」
「お、おい!!逃げるぞ!!」
弾かれたようにそこから立ち上がり、店内を疾走する。どこから湧いて出てきたのか、店内にはさっきまでいなかったゾンビたちがうようよと徘徊していて、見つからないようにして逃げるのはいささか難しかった。
「わッ…!」
不意に何かに蹴っ躓いた私は、走っていた勢いのまま盛大に床に転んだ。打ち付けた膝が痛むのを無視して急いで立ち上がろうとするけれど、どうにもすぐに床に逆戻りしてしまう。…も、もしかして…
恐る恐る視線を足元へ向けると、陳列棚の下から這い出てきたらしいゾンビが私の足首を掴んでいて…
って、ギャアアアアアアアアアッ!!!恐怖ッ!!!!
「ぞぉーん…」
「ちょッ、や、やだ…!」
ずる、ずる…ゆっくり、けれど着実に私を棚の下に引きずり込もうとするゾンビに私はもう失神寸前である。気絶したいのにこういうのに中途半端な耐性がついてるからできないし、振り払おうにも恐怖で体が上手く動かない。何やってんだ私ぃー!!!!これじゃあただの、足手まといじゃん…!
じわり、と視界が滲んだ。
「ケイッ!!」
不意にぐいッと力いっぱい腕を引っ張られた。
「ま、マック…!」
「情けねー顔してんじゃねーよ!白いの!」
「はいはーい!!」
ウィスパーに何やら合図したらしいマック。ウィスパーはそれと同時にゾンビが潜んでいるであろう棚の下に向かって何かをぶちまけた。あれは…コーラ?
「ぞぉおーん…!」
いきなりかけられた炭酸に怯んだらしいゾンビは、思わず足から手を離し棚下へと引っ込んでいった。その瞬間を見逃さなかったマックは私を棚下から引きずり出すと、何を思ったか私の膝裏と背中に手を突っ込むとそのまま持ち上げてダッシュした。
「う、ぇえ…!?」
「炭酸で怯んでる隙に逃げるぞ!」
「ちょ、マック!私走れる…」
「いいから黙っとけ!!」
ぴしゃり、言い放ったマックに思わず口を噤む。お、お姫様抱っこされた…しかも同年代に…
目まぐるしく起こる初体験に私の頭はもうパンク寸前である。
…でも、
「(い、一応助けてくれたってことで、いいんだよ、ね…?)」
そっと視線を上げると、前を見据える真剣な顔をしたマックがいて思わず目をそらした。
何これ…何これ…何これ…ッ!!!心臓がなんか変…!顔もなんか熱いし…!こんなの今までなかったのになんなのこれ…!?
テンパる私。けれどどこか安心した私がいるのも事実で、私はそっとマックの服を握りしめたのだった。
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