▼ 8:へんなの
公園を後にした私たちは、郵便局に行かずに本来の目的であった港へと訪れた。まぁ、郵便局なんてその場しのぎの嘘だしね。元々用事なんてなかったし。
「うわぁー!でっかい船ニャンー!!」
「はしゃぎすぎてあまり遠くに行かないでね」
「わかってるニャン!」
ニャハー!とあっちにうろうろ、こっちにうろうろうするジバニャンにハラハラしつつも私も船を見上げる。豪華客船っていうのかな。すっごくでかい。きっとこの船に乗ってる人はセレブな人たちばかりなんだろうなぁ。
「でっかいねー」
「うぃすう」
間抜けみたいに口を開けて見上げたまま歩いていたら、真正面から誰かに思いっきりぶつかってしまった。ちょ、今日なんかこういうこと多いんだけど…!慌てて絵の前に転がってきた帽子を拾ってぶつかった人に頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!よそ見しながら歩いてて…。怪我とかないですか!?」
「ふふ、平気ですわ。あなたこそ大丈夫でした?」
「え、は、はい…私は何とも…」
「よかったわ」
ぶつかってしまった人を見上げると、金髪のすごい美人さんだった。しかも言葉づかいからするとお嬢様っぽい。ちょ、USAの顔面偏差値高すぎでしょ…!
ぽかん、とその人を見上げていると彼女はきょとん、と首を傾げた。しまった、まじまじ見すぎちゃった…
慌てて目をそらし、ふと手中にある防止に気付いた。あ、返さないと…
「あの、これ…」
「あぁ、拾ってくださってありがとう。それじゃあ、私たちはもう行きますわね」
ごきげんよう。そう言って一緒にいたおば様と去っていった彼女。ごきげんよう、だって。私リアルに言う人初めて見た…
「ちょっとケイちゃん、USAに来てから注意力散漫じゃありゃーせんか?」
「…うん、これはやばいよね。なんか私取り憑かれてるのかな。注意力を散漫にする妖怪とかに」
「いやいや、さすがにいないでしょう…」
念のため周囲を妖怪ウォッチでサーチするものの、今回ばかりはウィスパーが正しかったようだ。私の周りに妖怪はいない。さっきの女の人にフラフラついて行こうとしていたジバニャンを呼び戻しつつどうしたものやらと頭をひねった。
「うーん…」
「短い間にいろいろあったからニャ、きっと疲れてるニャン。今日はもう大人しく家に帰るニャンよ」
「まぁ、ね…。トラックに轢かれかけたり友達じゃないって言われたりしたもんね。時間的にもいいくらいだから、帰ろっか」
「それがいいでうぃす」
帰りはウィスパーやジバニャンと話しつつも、周囲に気を配りながら歩いた。2回も轢かれるわけにはいかないしね。それにまだまだ言ってない場所だってたくさんあるもの。明日はノースピスタ地区の西側に行ってみようかな。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日はどこまで遊びにいってたの?」
「ノースピスタ地区まで。そこで女の子2人と友達になれたよ」
「まぁ、もうお友達ができたの?どんな子?」
「かわいい子。イザベラとキャリーっていうの」
「そう!それじゃあ新学期が楽しみね!」
「…うん。そう、だね。楽しみ」
「…?どうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
「それならいいけど…」
2階の自室に戻ってベッドに倒れこむ。楽しみ、か…。正直よくわかんない。さっきまでは楽しみだった。けれど今はそうでもない。楽しみ半分、憂鬱半分、ってところだろうか。あーあ、らしくない。あんな一言でこんなに気分が起伏するなんて。私ってばいつからこんな情緒不安定になっちゃったんだか。
「…あーもうッ!やめだやめだ!!」
「ニャッ!?」
ベッドから起き上がり、着替えを片手に自室を出る。こんな時はお風呂に入ろう。お風呂入って、さっぱりして、お母さんのおいしいご飯食べて寝る!!過去のことをいつまでもうだうだと考えてバカみたい。思い出したって過去が変えられるわけないじゃない。昔は昔、今は今!私は私!気にしたって仕方ない!!
「…まぁ、それでも傷付かなかったわけではないんだけどね」
結局のところ、自分に言い聞かせたって私自身が割り切ろうとする度胸がないのだ。いつまでも同じ場所でたたらを踏んで進歩しようとしない。なんて女々しいんだろうか。
はぁ、と頭からシャワーをかぶりながらため息を吐いて鏡を見た。
「……何これ」
鏡に映る情けない顔をした私。けれどそれ以上に気になるものを見つけてしまった。首元にうっすらと痣のように浮かぶ二つ巴。これ、昨日まではなかったよね…。え、ちょ、何これ怖いんだけど!!何の模様!?呪詛!?私何かしたっけ!?こっわ!!!
「ちょ、ウィスパーああああああああああ!!!」
お母さんがいるにもかかわらず思わず叫んでしまった私だった。
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