▼ ロロ様より質問/昔々の影オロチのお話
失敗だった。
それは普段の俺ならば決してしないような単純なミス。なんてことない、ただ組織の秘密を調べるだけの簡単な任務。
なのに俺は抜け出す際の後始末の詰めが甘かったせいか、組織の妖怪に追われ、大けがを負ってしまった。
「ぐッ…」
なんとか追っ手は撒いたものの、負った傷は大きい。下手に動けばただ体力を無駄に消耗してしまうし、一応は撒いたが追っ手に見つかってしまうのも時間の問題だ。
「…ふ、情けない」
じくじくと脈打つ患部を押さえつけながら自嘲すると、不意に向かい側の草むらがガサガサと音を立てた。痛む体に鞭打ち何とか臨戦態勢に入る。もし追っ手ならば、この深手でどこまで渡り歩けるか一抹の不安がよぎったが、やるしかない。
じっ、と草むらを見つめて数秒、音がした場所から現れたのは追ってでもなんでもなく、まだ年端もいかぬ幼い少女だった。しかも人間の。相手が人間ならば、きっと俺のことは見えやしない。そう思って体の力を抜いたとき、不意にその少女の丸い目が俺の方を向いた。気のせいか、目が合っているような気がするんだが…
「あなた、だれ?」
気のせいではなかった。この少女はどうやら視える人間だったようで、物珍しそうに草むらから顔を出したまま俺を見つめていた。
…俺を認識したもの、あるいは姿を見てしまったものはなんであれ殺さなければいけない。立ち上がり、始末しようと力を込めた瞬間、今までにないくらいに傷が痛みだし、思わず地に膝を着いてしまった。
「あッ、だ、だいじょうぶ…!?」
「、触るな!」
「うッ…」
駆けよってきた少女に殺気を飛ばしながら、それ以上動くなと牽制する。びくり、とおびえたらしい少女はその場で少したたらを踏んだ後、さっと踵を返して建物の中へと消えていった。一度冷静になって周りをよく見て見ると、どうやらここは庭らしく、少女が出てきた草むらの近くには小さなバケツとスコップが置いてあった。花でも植えていたのだろうか。まぁ、どちらにせよあの少女が帰ってくる前にはここを立ち去らねばいけない。そう思い体に力を入れるものの、物の数秒後には地に伏せる状態となっていた。
くそ、体が全然言うことを聞かない…!
「だいじょうぶ…?」
そうこうしている間に、いつの間にか少女はこの場に戻ってきていたらしい。しかもちょこん、と俺の前にしゃがみこみ、顔を覗き込んでくる始末。早くこの少女を殺してここから離れなければならない。しかし俺の意志と反して、俺の目は少女の無垢な透き通る目から視線を逸らすことができなかった。
「大丈夫?けがをしているの…?」
「ッ…俺に、構うな…!」
「…ううん、構うよ」
「な、…」
「わたしが、治してあげるね!」
ことり、置かれた箱から薬品であろうものと包帯を取り出した少女は躊躇なく俺に触れ、つたないながらも手当てしていく。布ににじむ血に時折眉を顰めるものの、着々と包帯を巻いて行った。
振り解けるはずだった。けれどなぜかできなかった。なぜか。それは、思いの外少女の手つきが優しかったから、俺としたことが気が抜けていたんだと思う。
ぎゅっと包帯を結び終えたらしい少女は達成感に満ち溢れた顔で額に浮かぶ汗をぬぐう。
「はい、おしまい!どう?痛くない?」
「……ああ」
殺さなければいけないものに手当てを施されてしまった。それは許されざることで、決して起きてはいけないこと。手当てをしてくれたことは感謝する。しかし、もうこれ以上は…
そう思い力を入れようとする俺を少女は勘違いしたのか、あろうことかその小さな手をそっと俺の腕に沿えた。思わず固まる俺をよそに、少女は口を開く。
「逃げなくていいよ?けがが治るまで、ここにいればいいよ」
「…違う、俺は…」
「それに、ここにはあなたをこわがらせるものは何もないから」
「……俺は、妖怪だ。それも、お前を殺そうとした。お前は俺の姿を見てしまった。殺さなければならない。そういう決まりだ。
…お前は、俺が怖くないのか」
気付けばそう問いかけていた。少女は少しの間ぽかん、と間抜け面で惚けていたが、くすくすと笑うとおかしそうにしたあと、にっこりと屈託のない笑みを向けてきた。
「こわくないよ。あなたはわたしに意地悪をする妖怪とは違うから。…あなたはきっと、心の優しい妖怪だと思う。だから…」
「ここにいてもいいよ。ここは、わたしの家の庭だから」
「影オロチ?」
はッ、と意識が覚醒する。素早くあたりを伺えば、どうやらここはケイの部屋らしく、俺は壁に寄りかかってうたた寝をしていたらしい。俺の顔を心配そうに覗き込むケイに大丈夫だ、と一言告げてから起き上がった。
「珍しいね、影オロチがうたた寝するなんて。よっぽど疲れてたの?」
「…いや、疲れたというわけではない」
「いやいやいや、きっと疲れてたんだって。影オロチは頑張り屋さんだから、すぐに無理しようとするもの」
そう言ってむくれるケイに気付かれないように苦笑いしながらふと思う。
あれから長い月日が流れた。あの日、あの時ケイに言われてから、馬鹿正直に彼女の家にとどまってしまった俺がいる。傷が癒えた後も陰ながらにケイにちょっかいをかけようとする妖怪どもを牽制もしてきた。
自分に意地悪をしてくる妖怪は嫌いだ、と言った彼女は、今では数多の妖怪たちと友達になり、らしくもなく寂しいと感じる自分の他に、彼女の成長が嬉しいと思える自分がいることにひどく驚いた。
「ねぇ、何の夢を見てたの?」
「…なぜそんなことを聞く?」
「だって、何だか嬉しそうだったよ?」
いたずらっ子のようにくすくすと笑うケイは今も昔も変わらない。
…ああ、そうか。あの時なぜ俺がここにとどまったのか…
それは、柄にもなくケイの笑顔を守りたいと思ったからだ。
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ロロ様、たいへん長らくお待たせいたしました…!!本当、大変お待たせいたしました…!!!!
BBSにて書き込みをいただいてから長い日数が経ってしまっていて、本っ当に申し訳ありません!!!
影オロチがぜクラスペディア夢主のケイちゃんのそばにいるようになったのか。それには上記のような理由があったのです。
もともと影オロチはケイちゃんが妖怪嫌いにならないための影のキーパーソンとして決めていたのですが、本編ではあえて詳しく描写はしませんでした。
要するに、影オロチはケイちゃんの笑顔にずっきゅんしたのです←
リクエスト、および質問をありがとうございました!今後ともどうかしらたき。をよろしくお願いいたします!
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