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心のどこかで信じてた




「歩いて2時間だぁー…?2時間はとっくの2時間前に過ぎちまったぞ!!」


老婆に記された道を歩き続けて数時間。レオリオさんの言うとおり2時間はとっくの昔に過ぎている。道脇に建てられた”魔獣注意”の看板はもう何度目にしただろう。…いや、何度も目にしすぎて途中から数えるのをやめたんだった。それほどまでに僕らは歩き続けている。


「お腹すいたよぉー!!!!うんこしたいよぉー!!!!休憩しようよぉー!!!!!」

「……駄々っ子か…」


大の大人が何を言ってるんだか。未だ地団駄を踏むレオリオさんに絶対零度の視線を投げかけて歩みを進める。本当、付き合ってられない。


「レオリオってばずっとあんなんだよね」

「ほっとけ。後で自己嫌悪に苛まれるのはあいつだ」


そう言って颯爽と歩くクラピカさんに苦笑いしつつ僕も彼に続く。ゴンはなんだかんだもレオリオさんのことを引っ張ってきてくれているみたいだ。本当、お人好しなんだから。
ふっと笑みをこぼすとまたもやクラピカさんと目が合った。デジャヴを感じる…


「…何か」

「…このやり取り、昼間もしたな」

「そうですね」

「そういえば、船に乗ってる時ちらっと見たんだが、ヘリオの武器は変わっているな」

「…これのことですか?」


袖口から出した縹。赤い紐で繋がれたそれは僕の大切なものだ。まじまじと物珍しそうにそれを眺めるクラピカさんに、僕は袖を肩まで捲った。


「こうやって、腕に巻いているんです」

「巻いてるんですって…鬱血してるじゃないか!」

「僕の師匠もこんな感じですよ。…師匠は僕が同じことをするのを嫌がったんですが、僕はどうしても師匠のようになりたかった。だから、無理を言ってこうして縹に加工してもらったのです」


師匠…もといジャーファルさんは、僕の腕に鬱血の跡がつくのが嫌だったらしい。シン様に聞いた話だけど、彼が僕を大事にしてくれていることは痛いくらいにわかるから。でも、それでも僕は彼と同じでありたかった。少しでも強くなれば、少しでも賢くなれば、ジャーファルさんの八人将としてや政務官としての仕事の負担が減らせると思ったから。
僕の金属器の力も僕が王になるためじゃない、僕が大好きな人たちを守るために使いたい。それを承知でハーゲンティも僕についてきてくれている。王の器を選定する彼女には申し訳ないと思っているが…


「そうか……お、見えてきたぞ」


クラピカさんの指さす方見ると、確かに大きな一本杉の下に小屋がある。あそこに試験会場へ案内してくれるナビゲーターがいるのか。見つけるや否や駆けだすゴンたちに僕とクラピカさんは顔を見合わせて苦笑い。そしてそれに続くように僕らも駆けだした。


「おーい、誰かいねぇか?」


レオリオさんがノックをするも出てくる気配がしない。気配はするんだけどな…


「…静かすぎる」

「お、開いてるぜ?」


お邪魔しまーす。と遠慮なしにドアを開けたレオリオさん。ちょっと、それ不法侵入って言うんですよ。そんな僕の心の声もいざ知らず、開け放たれた扉の向こうにいたものに揃って戦闘態勢に入った。


「あれは、魔獣!?」

「変幻魔獣キリコ。人に化けることができる高い知能を持った獣だ!」


ますます迷宮生物のようなそれは、僕らを見てニタリ、と笑った後、腕に女性を抱えて窓から飛び出して行った。キリコが飛び出す直前に縹を放つものの、簡単に避けられてしまう。それに舌打ちを一つ。


「つ、妻を…妻を助けてくれ…!」


うん?と何やら変な違和感を感じた。例えるなら、エウメラ鯛の小骨が喉に引っかかったような、そんな違和感。


「レオリオ、ヘリオ!怪我人を頼む!!」

「おう!任せろ!」


考え込んでいる間にもゴンとクラピカさんは窓を乗り越えて行ってしまった。僕はと言えば、さっきから奇妙な違和感にずっと頭を悩まされている。じっと部屋の中を見回す。家具や壁はいたるところが破壊され、激しく暴れたんだろうと予測できる。


「ヘリオ!ボサッとしてないで手伝え!」

「、はい」


そこまで考えてレオリオさんの声に現実に引き戻された。
レオリオさんの鞄の中からは医療器具であろうたくさんのものが詰まっていtる。どれがどれだか僕にはわからないけれど、レオリオさんが一つ一つ指をさして的確に指示をくれるおかげでスムーズに渡すことができた。

…こういう医療器具があれば、病気や怪我だなんて治癒魔法を使えない人や貧しい人たちを救えるのだろうか。僕の世界とここの世界との文明の差は随分前に痛感したはずなのに。ないものねだりってこういうことを言うのかもしれない。


「見た目ほど傷は深くはない。安静にしていればすぐによくなるだろう」

「妻、は…!妻はどうなったんだ…!?」

「大丈夫だ!俺たちの仲間が追いかけているから、あんたは横になってろ!」

「早く妻を…!」

「心配する気持ちもわかる。でも今はあんたも怪我人だ。それにあいつらはあんなのにやられるようなやつらじゃないぜ!だから安心しろ」


しきりに女性を心配するこの人もとても胡散臭さを感じる。こういうとき、ジャーファルさんならどうするのだろうか。きっと状況を静かに観察して、考えて自分の答えを導き出すだろう。僕はそんな彼の補佐官なんだ。
この小屋に入るまでのことを一つ一つ思い出して行く。そういえば、最初に変だと感じたのはこの中に入る前だった。
…そうか、そうだったんだ。


「…あなたは、」


僕を振り返った2人に気付かれないように袖の中で縹を構える。一歩一歩、ゆっくりと歩み寄り、手を伸ばせば届く位置に夫と思われし男の前に立った。


「あなたは、僕たちに嘘をついていませんか?」

「…は?ちょ、何言ってんだよヘリオ。嘘って一体…」

「そのままの意味ですよ。…僕らがここに入ってすぐ、あなた方はキリコによって攻撃を受けていた。部屋もご覧のとおり、酷い有様です。ですが…」


ジャッと右腕の縹を彼に巻き付け、めいいっぱい縛り上げる。レオリオさんが何か言っていたが、この際無視させてもらおう。僕は怪しいやつを野放しにするほど甘くはないのだ。


「ぐッ」

「静かすぎたんです。ゴンは普段から森を遊び場にしていたから、五感はとてもいいはず。彼は嵐が来ることさえも匂いで分かったくらいですから、聴覚もきっと並ではないと考えます。…そんなゴンが、気付かなかったんですよ。ここまで荒れているのなら、僕らが小屋に入る前に何かしらの物音や破損音が聞こえるはずです。…故に、あなた方は僕らを”待っていた”のではありませんか?」

「……」

「…返答次第では、僕はあなたの首を落とすことも可能ですよ」


脅すように左腕の縹をちらつかせながら言う。レオリオさんが後ろでどういうことだと僕と男性を交互に見ている。そんな彼をよそに、目の前の男性は僕に縛り上げられているのにもかかわらずニタリ、と口元を歪めた。


「…ずいぶん物騒なことを言うものだ。その通り。我々は君たちを待っていた」

「…やはりそうでしたか」

「気にの観察力には完敗だ。さぁ、ネタばらしをしようじゃないか!」


さっきとは打って変わっていきなりにこやかになった男性に拍子抜けした僕とレオリオさんであった。





*****



「何年振りだろうねぇ、うちら夫婦を見分けた人間は」

「嬉しいねぇ」


顔を見合わせて嬉しそうに話すキリコは、どうやらゴンが彼らを見分けたことが嬉しいようだ。正直に言おう。どっちがどっちか僕にはわかったもんじゃない。


「あのね、オレとクラピカに殴られた方が旦那さんなんだって!」


いや、だからそれがどっちだ…


にこやかに言うゴンに彼以外の全員の心の声がかぶった気がした。

女性と男性は夫婦ではなく、キリコの娘と息子だったそうで。キリコ含め、人の形をとっている女性と男性は家族でナビゲーターをしているらしく、毎年変わる試験会場に受験者を案内するのが彼らの役目なんだそう。けれど、全員を案内するわけではないみたいで、彼らナビゲーターが、受験者をハンター試験を受けるにあたってふさわしいかどうかを選別しているとのこと。つまり、彼らの返答次第で僕らが試験を受けてもいいかどうかを判断されるわけで。
…仮にもナビゲーターを脅すようなことをしてしまった。右腕の縹をちらりと見て小さく溜め息を吐いた。


「最後に、ヘリオ殿」

「ぁ、はい」

「あなたのレオリオ殿を補助する手際の良さは素晴らしいものでした。そしてなによりあなたの観察力には目を見張るものがあります。小さな違和感を察し、考え、行動する。あなたは試験を受けるに値します」

「…そう、でしょうか」

「はい。よって、合格とします」

「やったねヘリオ!」

「わッ、ご、ゴン…」


勢いよく抱き着いてきたゴンに少しふら付きながらも彼を受け止める。果たして僕はキリコが言うような行動をとれていたのだろうか。正直なところ、そんな自覚は微塵もない。けれど…


「みんな一緒に合格できてよかったね!!」

「(……ま、いいか)」


ゴンが嬉しそうだから、別にいいかと思ってしまう僕であった。






 
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