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霊とか相談所で働くにあたって、霊幻さんから教えてもらった仕事内容はさほど難しいものではなかった。
基本的には受け付けに座って、やって来るお客さんをお迎えしたりお会計したり、その他はお茶出しなど簡単なものばかり。
あたしが除霊できたのなら、昼間も学校に行ってる影山くんの代わりに霊幻さんの手助けになれたのだろうけど、悲しきかな、あたしにそんな芸当はできない。だから、この件に関しては影山くんに頼りきりなのがすごく申し訳ない。

霊幻さんの仕事内容としては、まぁ、霊感がないのだから案の定というか予想通りというか。でも、この手の界隈の人って法外な値段をとる人が多いのに、霊幻さんが提示する値段表はどれも良心的だ。かと言ってやって来るお客さんを蔑ろにするわけじゃなく、寧ろ真摯に話を聞いたり、積極的だと思う。どんどんイメージが変わっていく。

そして、ここで働くからには霊幻さんにあたしの力を知ってもらった。簡単にどんなことができるかを説明したら本人は交通費が浮く、なんて嬉しそうにしていたけど、実は場所をちゃんとわかっていないと飛べないんだよな。


「こんにちは」


そうこうしているうちに影山くんが相談所にやって来た。「よう、モブ」パソコンに向かう霊幻さんが言うのを横耳に、本屋で買ったドリルから顔を上げてあたしも影山くんに「こんにちは」と挨拶を交わした。


「悠さん、勉強してるんですか?」


ひょっこり、受け付けでドリルを広げるあたしの手元を覗き込む影山くんが首を傾げる。


「そうだよ。空いた時間に何すればいいかわかんないから、とりあえず勉強道具持ってきたんだけど…」

「俺は気ままにダラダラしてていいって言ってるんだけどな」

「ダラダラがどうしたらいいのかわかんなくて」

「今まではどうしてたんだよ」

「散歩したり、河川敷でぼーっとしたり…?」

「年寄りかよ…中学生なんだからもっと遊べよな」


霊幻さんはお客さんがいない時は好きに過ごしていいって言ってくれるけど、なんか、妙にそわそわしちゃうんだよね。だから、空いた時間に勉強しようって思って勉強道具を持参したのだけど。そうしたら、霊幻さんがあたしは真面目だとか、もう少しダラけたってバチは当たらないとか、肩を竦めて言うものだからあたしは眉を垂らすしかない。「師匠、悠さん困ってますよ」影山くんがソファーに腰掛けながら窘めた。


「あ、そうだ」


とりあえずやりかけだった問題を解いてしまおうと視線をドリルに落としたと同時に、霊幻さんがふと声を上げた。


「モブ、せっかくだから悠ちゃんに勉強見てもらえよ」

「え?」

「この前一次関数に躓いてるって言ってただろ。悠ちゃん三年生だし、教えてもらえよ。次の客が来るまでまだ時間あるしな」

「でも…」


唐突な霊幻さんの提案に影山くんが困惑気味にあたしを見る。


「あたしでよければ教えるよ。ただ、人に勉強なんて教えたことないから至らないところしかないと思うけど、それでもよければ」

「いいんですか?じゃあ、お願いします」


いそいそとテーブルに教科書やらを広げる影山くんを横目に、あたしも勉強道具を集めてソファーに移動した。


「今日の授業中に解ききれなくて…ここなんですけど…」


とん、と教科書を指さす影山くんの手元を覗き込む。「xに代入するものは大体掛け算になるのはわかる?」「なんとなく…」だったら話は早い。あたしのルーズリーフに教科書の問題を一題だけ写して、そこに解き方を書き込んでいく。


「この数字をxに入れて、こっちと掛ける。で、次はこれを計算するんだけど、さっき掛けて出た数字はマイナスで、マイナスの方が数字が大きいから…」

「y=-3?」

「そうそう!なんだ、解けるじゃん」


勉強見てもらえって霊幻さんが言った時は微妙に深刻そうな顔してたから少し身構えてたけど、教えたらちゃんと解けてたから安心した。
ここからここまでは今のやり方で解けるよ、と影山くんに問題をやってもらい、行き詰まったらあたしが教える、ていうのを何度か繰り返していくうちになんとなく影山くんの苦手分野が見えてきたような気がする。
というか、基本的なことはやり方さえわかっていればできるんだと思う。ただ、捻った問題や応用になるほどこんがらがるのかなって。

いや、でもめっちゃわかる。たまにとんでもない変化球投げてくる数学教師とかいるから、そういう時は脳みそが宇宙空間になるよね。
あたしも、今でこそどうにか解けるようにはなったけど、普通に学校通ってる子と比べたら底辺もいいところだ。未だに証明問題できないし。


「おーい、もうすぐ客が来るぞ」

「あ、はい」


いつの間にかそんなに時間が経っていたらしく、時計を見るとあと15分ほどでお客さんが来る時間だった。慌てて勉強道具を片付けて消しカスを払う。


「影山くん、宿題終わった?」

「いえ、まだ…けど、なんとか解けそうなので、頑張ります。ありがとうございました」

「少しでも力になれたならよかったよ」


どことなく、心が軽いような気がする。単純に誰かに頼られるのが嬉しいのかもしれない。なんて、思いながら給湯室でお客さんに出す用にお湯を沸かし始めた。あれ、そういえばお茶っ葉どこいった。さっきポットの隣にあったはずなのに。


「あの、霊幻さん、お茶っ葉って…」

「ん?あ、悪い、さっき使った時に上の戸棚に仕舞っちゃった」


あぁ、どうりでないわけだ。給湯室に戻って戸棚を開けてみれば、思いのほか高いところに仕舞われていてめっちゃ怯んだ。これ…届くの…?脚立的な何かは…ないよねうん知ってた。「霊幻さん…」ひょっこり、事務所を覗き込んだのと入口からお客さんが入ってきたのはほぼ同時だった。「いらっしゃいませ」とにこやかに言う霊幻さんの声を聞きながら顔を引っ込めた。
ど、どうしよう…霊幻さんに取ってもらおうって思ってた矢先だから、詰んだ。
こういう時に微妙に身長が足りない自分を恨む。あ、そうだ。ワンチャンジャンプしてみて、指先が届いたらテレポートできるんじゃなかろうか。あたし天才かもしれない。


「よッ…!」


気合十分にお茶っ葉目掛けてジャンプした瞬間、伸ばしたあたしの手をすり抜けて不意にお茶っ葉が宙に浮いた。「へッ!?」どういう事なん。ポルターガイスト…?ちなみに今のはあたしじゃないです。


「悠さん、何やってるんですか」


あ、今の影山くんだったの…めっちゃびっくりしたよ…。
こてん、と首を傾げながらお茶っ葉を差し出してくれる影山くんは不思議そうにしていた。


「お茶っ葉を取ろうとしたんだよ…」


受け取りながら、なんとなく目を逸らしながら言うと「浮かせて取ればよかったのに」と言われてしまった。ごもっともなんだけど…あたし念動力そんなに得意じゃないんだよね…。
苦手なことばかりである。


「取ってくれてありがとう」


未だにお茶を淹れるのにまごつくけれど、今日一日で多少は手慣れたんじゃなかろうか。なんて、自画自賛しながら淹れたお茶をお客さんに差し出し、あたしと影山くんは受け付けで待機。肩が重い、何かが乗ってるような気がする、と症状を訴える男性のお客さんと霊幻さんが話しているのを聞いて、どうするのか決めたところで隣のマッ…除霊部屋に入っていくのを見届けたならあとは二人が出てくるまであたしたちは待機である。


「意外と霊に取り憑かれてる人が来るのって少ないんだね」

「まぁ、そうですね」

「影山くんは見たことある?」

「それなりにありますよ」

「そっか。あたしはあまり見ないなぁ」


というか、他人を注意深く見ないことの方が多いから余計になのかもしれない。前にも言ったけど、悪霊とかそういう類とは極力関わりたくないし、その考えは今でも変わらない。けど、誘われたとはいえ自分からこの霊能界隈に足を突っ込んだんだ。だから、嫌でもこれからは関わらないといけない時だってあるし、それを選んだのはあたし自身なんだから、少しでも困っている誰かの手助けができるようになれば、なんて思っているわけで。
…と言っても、除霊ができないあたしにはできることが限られてはくるのだけど。


「…楽しいですか?」


不意に影山くんがそう問いかけてきた。一瞬なんのことがわからなくて目を瞬かせたけど、すぐに手伝いのことだと理解して、こくり、頷いた。


「楽しい…うん、楽しいよ。霊幻さんもいっぱいお話してくれるし、新発見の連続だよ」

「そうですか…よかったです」

「それに、影山くんもいるから心強いよ」

「え?それって…」


どういう意味、ときっと続けようとしたのだろうけど、影山くんの言葉を遮るように施術を終えた霊幻さんとお客さんが隣の部屋から出てきた。どことなくツヤツヤと晴れやかな顔をした男性を見るかぎり霊幻さんのマッサー……除霊が好評だったのは見てわかる。「モブ、お会計」「あ、はい」慌ててお客さんのお会計を済ませ、事務所の外まで見送れば今日の依頼はおしまいだ。


「悠ちゃん、今日一日お疲れ様。どうだ?やっていけそうか?」

「なんとか…」

「少しずつでいいんだよ。わからないことがあったら遠慮せずモブに聞けよ」


あ、そこは俺に聞け、じゃないんだ。苦笑いした。

今日のバイト代、と差し出された300円にきょとり、目を瞬かせる。ただのお手伝いのつもりでいたから、まさかあたしまでバイト代をもらうだなんて思わなかった。「あたしまでもらってもいいんですか?」そう聞くと霊幻さん曰く「手伝いだろうが同じ労働に変わりないだろ」らしい。ありがたく受け取ろう。

そうして、同じように300円を手のひらにちょこん、と乗せた影山くんに向き直った。


「これからもよろしくね、先輩」

「えぁッ…!?せ、先輩って……は、はい…!ガンバリマス…!」

「なんで影山くんカタコトになってるの?実際先輩なんだから、胸張っててもいいんだよ」

「…は、はい」

「おいおい、しっかりしろよ。…おっし、お前ら、そろそろ帰るぞー」

「はーい」


手早く帰る準備を済ませたあたしたちは荷物を纏めて事務所を後にした。すっかり夜の帳が降りた街は仕事帰りの人たちで賑わっている。

何はともあれ、これからも頑張ろう。







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