×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




3




「あ、悠さん」


スーパーの帰り道をのんびり歩いていると、急に後ろから名前を呼ばれた。くるり、振り返ると珍しく私服を着ている影山くんとその隣に佇むもう一人。…え、誰だろう…。


「なんだモブ、知り合いか?」


明るい髪色にグレーのスーツを着た男の人は、あたしを見るなり不思議そうに首を傾げながら影山くんに目を向けた。「師匠、前に話したじゃないですか。悠さんですよ。いつも河川敷にいる…」「あー、例の子か」影山くんがあたしの事を説明してくれてるんだけど、この男の人の相槌のしかたが完全に“例の河川敷の子”って感じだったのだが…まぁ、悲しきかなあながち間違いじゃないんだよな。なんとも言えない気持ちになりながら、とりあえず軽く会釈をした。


「影山くん、こんな時間にどうしたの?」

「僕はバイト帰りです。師匠がラーメン奢ってくれるって言うので」

「師匠…?バイト…?」


一体なんの師匠だろう…。あたしの疑問を察したらしい影山くんは、ふむ、と逡巡した後大まかに説明してくれた。影山くんの師匠らしい男の人は霊幻さんと言うらしく、霊とか相談所という霊専門の事務所を構えている霊媒師で、影山くんはそこで除霊のバイトをしているのだそう。
で、師匠というのは、影山くんが超能力をコントロールできるよう力の使い方を教えてくれているからそう呼んでいるらしいのだけど…正直、この霊幻さんからなんの力も感じない…。隣に影山くんがいるからわからないだけなのかなって思ったけど、そういうわけじゃなさそう。
…まぁ、あたしが口出しすることじゃないし、本人たちがいいならそれでいっか…。というか、このタイミングでそんなさらっと超能力についてカミングアウトされるとは思ってなかったんだけど。いいのかそれで。


「悠さんこそ、こんな時間に何してたんですか?」

「え?あ、買い物だよ、買い物。ただの食料調達。あはは」

「なんでそんな挙動不審なんですか」


さッと買い物袋を背中に隠した。いかがわしいものを買ったとかそんなんじゃないけど、なんとなく袋の中を見られたくないだけである。
このままそそくさと家までダッシュしたいところなのだけど、それをさせてくれないのが影山くんだ。


「なんで隠す必要が」


真顔で突っ込んできた。


「なんとなく…?」

「なんとなくで隠すのかよ…って、なんだこりゃ」

「!」


い、いつの間に背後に…!?あたしが影山くんに気を取られている間に背後に回ってきたらしい霊幻さんが、あたしの買い物袋の中身を見て素っ頓狂な声を上げた。


「全部インスタント麺ばっかじゃねぇか。こんなんばっか食ってんのか?」

「わ、色んな種類のカップ麺が入ってますね」

「ちょ…」


慌てて2人の視線の中から買い物袋を隠すも、時すでに遅しだった。
見られた。見られた。見られた!!確実にあたしが料理できない人間だってバレた。
何を隠そう、あたしは料理が大の苦手だ。一時は節約のために頑張ってみようってチャレンジしたことはあったけれど、どういうわけか全て消し炭と化してしまうために早々に諦めたわけである。
なので、あたしの食事はもっぱらインスタント麺が多い。というかそれしかない。
片や物珍しそうに、片や呆れ返ったようにまじまじと袋の中身を見られて爆発寸前である。なんの拷問なのこれ。


「若いうちからインスタントばっか食ってんじゃねえよ。体に悪いだろ」

「……だって、あたし料理できない…」

「親は作ってくれないのか?」

「作ってくれるも何も、親いないし…」


しん…。と突然静寂に包まれた。あたしたち3人だけが切り取られ、ざわめく街の雑踏がどこか違う世界にあるような錯覚を起こしそうで、なぜ急にそんな事になったのかわからないあたしはびっくりして首を傾げた。


「ど、どうしたの…急に黙り込んで…」

「…悪いな」

「え?」


なぜあたしは謝られたのだろうか。戸惑いながら影山くんを見ても彼も同じように、むしろ気まずそうに視線をうろつかせている。不思議に思って逡巡してみて、はッとした。今のはあたしの言い方が悪かった。親がいないとか、親が死んであたしが天涯孤独みたいじゃん。お父さんもお母さんも家にいないだけでちゃんと存命だから。


「あ…!い、今のは違うの…!親はちゃんと生きてるから!死んでない!ただ、今は家にいないだけで…」

「でも、その量のインスタント麺を買うってことはほとんど家に親がいないってことだろ?なんにせよ、君がずっと1人で家にいることには変わりない」

「…まぁ、そうですけど…」

「悠ちゃんって言ったか?家は近いのか?」

「ここから徒歩5分くらいです」

「なら早いとこ家に帰ってそのインスタント麺置いてこい。でもってここに集合。わかったか?」

「なんで…?」

「いいから。モブ、ついて行ってやれ」

「え?あ、わかりました」


なんか、あたしをよそにとんとん拍子に話が進んでいっている…。疑問符だけが頭上を飛び交う中、霊幻さんはさっさとしろと言わんばかりにあたしと影山くんに向かってシッシッと手を振った。


「…じゃあ、行こっか…?」

「はい」


霊幻さんに追いやられるがまま帰路を辿る。スーパーへ行く時と違うのは、隣に影山くんがいるということ。


「悠さんは一人暮らしをしているんですか?」

「ん…まぁ、そうなるね」

「…すみません」

「なんで影山くんが謝るの?さっきも言ったけど、あたしの親は別に死んだりしてないんだよ?」

「けど、悠さんの歳で一人暮らしをしているってことは、そうせざるを得ない理由があるからですよね」

「まぁ、そうなんだけど…あ、ここだよ」


程なくして辿り着いたマンションのオートロックを外し、影山くんを振り返る。「よかったらお茶でも飲んでいきなよ」「え、でも…」「わざわざ来てもらったからね。これくらいさせて」例え霊幻さんに言われて来てくれたとしても、わざわざ手間をかけさせてしまったからね。せめてものお詫びということで。

おろおろとまごつく影山くんの手を取り(変な悲鳴をあげられた)エレベーターに乗り込む。あたしの部屋がある3階で降りて、ポッケから鍵をとりだして玄関を開けた。


「はい、どうぞ」

「お、お邪魔します…」


適当に座ってくれたらいいという旨を伝えてあたしは買い込んだインスタント麺たちを台所の戸棚の中に放り込んでいく。リビングのカーペットの端っこにちょこん、と座って固まる影山くんを横目に冷蔵庫から取り出した麦茶を2人分のコップに入れて台所を出た。「はい、どうぞ」「どうも…」麦茶を影山くんに手渡してあたしもカーペットに腰を降ろした。


「……あの、悠さん」

「ん?どうかした?もしかして麦茶好きくない?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど…」


どうか、したんだろうか…妙に言いづらそうに言葉を選んでいるような……。首を傾げてなんとなく部屋の中をぐるり、と見渡す。そして、合点。あぁ、なるほど。そういう事ね。


「なぁーんもないでしょ」


リビングはカーペットとテレビ、壁にかけた時計と押し入れにしまい込んだ卓袱台以外は何も置いていないのだ。寝室代わりにしている隣の部屋もベッドとクローゼットだけしかない。簡素と言えば聞こえはいいが、それを言うにはあまりにも何もなさすぎた。多分影山くんはそれが気になったんだと思う。


「すごく勝手なイメージなんですけど、女の子の部屋って色んなものが置いてるイメージがあったので…」

「普通はそうだと思うよ。あたしは、なんというか…いらないものを捨てていったらこうなったっていうか…」


だって、あったって仕方ないしね。
ぐいッとコップを煽って麦茶を胃に流し込む。なんとも言えない妙な静かさになんとなく居心地が悪くなって手元のコップを眺めた。


「そろそろ行こうか。さすがに霊幻さん待たせすぎかも」

「そうですね」


ごちそうさまでした、と飲みきったコップを受け取って流しに置いた。洗うのは帰ってきてからでいいや。
時計を見れば思いのほか時間が経っていたことに焦りながら、あたしと影山くんは慌てて部屋を飛び出た。







4 / 7


←前へ  次へ→