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「肉改ー!!」

「「ファイッ!オー!ファイッ!オー!」」


今日も元気にムキムキの集団が河川敷を走り去って行くのを、芝生に寝そべりながらぽけーっと眺める。相変わらず、腕の振り上げはおろか歩幅もペースも一切の乱れがないのすごすぎでしょ。
なんて思いながら上半身を起こして走り去るムキムキの集団の反対側を振り返る。へろへろになりながらも必死に走ってくるのは影山くんだ。多分走るのに必死で影山くんはあたしがここにいることに気付いていないと思う。別にいいんだ。部活の邪魔をしたいわけじゃないし。


「影山くん、頑張れ」


だけど、これくらいは言わせてほしい。きっと本人には聞こえやしないだろうけど、それでいいのだ。
ちょうどあたしがいる真上を通り過ぎて行った影山くんに向かって、小さな声で声援を送った。


「そんな小さい声じゃシゲオに聞こえねぇぞ?もっと聞こえるように言ってやれよ」

「………」


……ら、不意に背後から聞きなれない…いや、聞き慣れたくない声が飛んできた。ふよふよとあたしの周りを飛び回る緑の塊に自分の表情が抜け落ちる。「聞いてんのか?おーい」何も聞こえなかったことにしようと再び芝生に背中をつけたものの、あたしの顔を覗き込むように視界に入ってきたもんだからいよいよ無視ができなくなってしまった。


「お前さん、いい加減視えないフリするのやめろよ。知ってんだからな」

「…別に、視えないフリしてたわけじゃ…」

「いやしてただろ。なんだよその言い訳は」

「な、なんでもいいでしょ!あたしは!霊とかそういうのと関わりたくないだけ」

「シゲオに自分が超能力者だって言わないのもか?」

「…言いたくなくて言ってないわけじゃない。聞かれないから言わないだけ。それにわざわざひけらかすことじゃないし」

「ふーん。めんどくせぇなぁ」


そうだ、あたしは関わりたくないのだ。幼少期になにかトラウマがあった、とかそんなんじゃないけど、関わっていい事なんて何一つない。…いや、嘘。1回だけ面倒なことに巻き込まれたことがあったっけ。
超能力についても、影山くんに聞かれないからあたしもわざわざ口外しないだけなのだ。
…それと、あたしは除霊ができない。視えるし、触れるし、声だって聞けるけど、祓う事ができない。だから、万が一に悪霊なんかに絡まれたらあたしは逃げるしかない。
…まぁ、今まさにそれなんだけど。


「不便だなぁ…」

「何がだ?」

「エクボには関係ない」

「つれねぇなぁ」


にやにや。にやにや。と笑いながらなおもあたしの周囲を飛び回るこれが悪霊であることはわかっている。
緑の物体…もとい、エクボとの出会いはあたしが影山くんと初めて会った時から少しした頃だ。影山くんに取り憑いているらしいエクボがあたしの一人言を拾って、それについ反応してしまったのが運の尽きだった。
それからというもの、エクボは影山くんが部活に勤しんでる間、時たまあたしのところで暇を潰すようになったのだけど…。


「それでよ、シゲオは“消し残したか”、なんて言って俺様を除霊しようとしたんだぜ?」

「(いや、普通するでしょ)」

「この前なんてツボミちゃんの事見すぎてクラスの女子に指摘されてたんだぜ。あの時のシゲオの慌てっぷりったらよぉ…。あ、ツボミちゃんってのはシゲオの幼馴染みで、ずっと片想いしてんだと」

「(めっちゃ喋るじゃん)」


というか、ほとんどが影山くんに関する個人情報なんだけどいいのか。大丈夫なのか。影山くんにそれバレたらエクボ消されるんじゃ…なんて思ったけど、あたしが心配することじゃない。そう思い直して適当に相槌を打つ。
相変わらずエクボの口はよく回るし、お喋りが止まる気配がない。せっかく影山くんが部活終わるまでここで待っていようかなって思ったけど、やめた。

未だに喋りまくるエクボを横目に立ち上がり、服に着いた土やら葉っぱを叩き落としていると、それに気付いたらしいエクボがお喋りをやめて不思議そうにあたしを見つめてきた。


「もう帰るのか?シゲオ待ってたんじゃないのか?」

「エクボがうるさいから帰るの」

「なんだよー、シゲオが来るまでお前さんか暇そうだから喋り相手になってやってんだろ?」

「エクボが暇なだけでしょ?それにあたし、話し相手になってくれなんて頼んでないし」

「…シゲオも悠も、俺様にだけ優しくないよな」


エクボがなにかボヤいてるけど、あたしには関係のないことだ。ゆっくりと河川敷の坂をのぼり、家に向かって歩き出す。「本当に帰っちまうのか?もうすぐシゲオの部活終わるぞ?」背中にエクボの声が飛んできたけど、あたしは片手をひらりと振り返すだけで応えた。

青い空の半分が茜色に染まるのを見つめながらぼんやりと考える。エクボはどうしてあたしに構いたがるのだろうか。あれだけ冷たい態度をとっていたら、普通なら嫌気がさして関わるのをやめるはずなのに。
なんて思うけど、元々あたしの性格はかわいくない。これが原因で前の学校でも一悶着あったし、直そうとしても長年この性格と共に生きてきたから中々難しい。今では半分諦めてる。
…あぁ、でも、影山くんの前ではちょっとは直そうって思ってるあたしはいる。だって、せっかく仲良くなれたんだから、少しは小マシなあたしでいたい。


「にしても、片想いかぁ…」


なんとなくさっきのエクボの言葉を思い出した。ツボミちゃんとやらに片想いをしているらしい影山くん。漫画とかにもよくあるけど、男女の幼馴染みってそういうケースが多いような気がする。あたし自身幼馴染みがいないからわからないけど、そんなものなのかな。

なんにせよ、片想いも、恋愛も、あたしには無縁の話だ。
いつの間にやらすっかり茜色にになってしまった空は実に物悲しい。あたしは夕暮れの空が一番嫌いだ。だって、あっという間に夜に飲み込まれて存在がなかったことになるんだもの。まるでどこぞの誰かみたい。


「…あーあ、やめたやめた。なんでこんな病んでるみたいなこと考えてんだろ、あたし…」


こんな時はさっさとお風呂に入って寝るに限る。家に帰ったってどうせ誰もいないし、ご飯はいいや。
早く帰るべくテレポートで飛んでもいいんだけど、あたしは歩くのが好きなのだ。心無し小走りになるあたしの足。空が茜色になったのなら、夜の帳はもうすぐそこだ。まるで逃げるように帰路を辿った。







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