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なんてことない、ただの日常だと思う。その中でもあたしの日常はちょっぴり異質。…いや、異質と言っても大それたものじゃない。皆が学校に行ってる時間に家にいる。ただそれだけの事。マンションのベランダから賑やかに登校する子たちを見ていると学校に行きたいって思わないでもない。だけど、それ以上に学校へ行くことへの恐怖が勝ってしまって中々一歩が踏み出せないでいるのだ。
勉強は、自習ではあるけどそれなりにしてると思う。勉強すること自体は苦じゃないし、動画を検索すればそれっぽい授業の動画とかいっぱいあるから今はどうにかこうにかそれで事足りている。だから、まぁ、いっか、なんて。
寝て、起きて、ご飯食べて、勉強して、飽きてきた頃に街をぷらぷらと散歩をする。不登校だからといって別に引きこもりじゃないあたしはアクティブな不登校児だ。…アクティブな不登校児ってなんなんだろう。自分で言ってて疑問符が飛んだ。
「肉改ー!」
「「ファイッ、オー!ファイッ、オー!」」
そんなあたしの日課は、毎日同じ時間帯に河川敷を走り抜けていくムキムキの集団(同い歳と聞いて目玉が飛び出た)を眺める事である。
「ふぁいッ……お……ふぁ…い、おー……」
…いや、少しだけ補足をしよう。機敏にランニングをするムキムキ集団の後ろの方を半分白目を剥きかけてふらっふらになりながら一生懸命に走る男の子の方を見守っているのだ。
彼は影山茂夫くん。いつだったか、影山くんが今みたいにムキムキたちの後ろを走っている時にあたしの目の前でぶっ倒れた時があって、そんな影山くんを受け止めて介抱したのが一番最初の出会いだった。
なんならこの河川敷は影山くんの通学路でもあるらしく、下校中に遭遇した時はちょくちょく話すようになるくらいには仲良くなってしまった。
「そういえば」
「ん?」
「悠さんはいつもここで何をしてるんですか?」
部活帰りの影山くんと河川敷で駄弁っていた。ぽちゃん、ぽちゃん、と川に小石を投げ入れる遊びをしているあたしに影山くんが問いかけてきた。何をしている、とは。
なんとなくその質問の意図を読みあぐねたあたしに、ちょっぴり慌てたようにおろおろと目線をうろつかせる影山くんは言葉を選んでいるようだった。別にそんな慌てなくてもいいのに。
「えっと、ここ通るたびに悠さんいるから、何してるんだろうって気になって…」
「別に何もしてないよ。ふらふらっと歩いたり、ベンチでぼーっとしたり…」
ぱたん、と背中を草につけて空を見上げる。
「こんな感じに、空の移ろいや流れる雲を眺めたりしてる」
「へぇ」
そう言って影山くんは口をつぐんでしまった。あたしが不登校だという事は影山くんには言ってないけれど、彼は薄々気付いていると思う。まぁ、誰だってすぐにわかると思うけど。
それでも、それ以上聞いてこないのには少しだけありがたいなって。
寝そべったまま横目で影山くんを見る。彼の周りを揺蕩う膨大な力の渦は、あたしが超能力者であるがゆえに見えるもの。なんかもう、あたしみたいな平凡な能力者とは比べ物にならないくらい力のポテンシャルが違いすぎる。
というか、あたしがわかるのだから影山くんだってわかってるはずなのに、どうして聞いてこないんだろう。「…?僕の顔になにかついてる…?」「影山くんの後ろの雲がイルカみたいだなって」振り返った影山くんが「あ、ほんとだ」なんて少し声を弾ませて言うから、あたしまで嬉しくなって笑ってしまった。
「…ま、いっか」
超能力があろうがなかろうが、あたしはあたしだし、影山くんは影山くんであることに変わりはないのだからなんでもいいや。
「何がですか?」
「こっちの話。てか、影山くんさっきから聞いてばっかじゃん」
「えッ、す、すみません…」
「ど、どうして謝るの!?別にそういうつもりで言ったわけじゃ…。あ、ね、ねぇ喉渇かない!?ジュースくらい奢るよ!」
「え、いや僕は…」
「いいからいいから!」
無理矢理話を逸らして立ち上がる。会話下手くそかよ、あたし。まぁ、あながち間違いじゃないのが悲しいところである。
自販機に小銭を入れて適当なボタンを押す。本当に適当に押したから、ブラックコーヒーとオロナミンCだなんて微妙なものが出てきて頭を抱えたあたしである。格好がつかないなぁ…。
なんとなくへこみながら影山くんのところまで戻ると、さっきまでのあたしみたいに地面に背中をつけて空を眺めていた。それがなんだか微笑ましくて、そういうところだぞ、影山くん、なんて思いながら顔を覗き込んだ。
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