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3 手始めに前髪から




「私はどうすればいいの?」


どうにか琴里にやる気を出させる事に成功した俺は浮き足立っていた。これで合法的に琴里をかわいくできる、なんて内心でるんるんとしていた矢先の琴里からの問いかけに、俺はふふん、と胸を張った。


「まずは琴里の外見を変えます」

「…あの、善逸くん」

「ん?」

「私…その、急に見た目が変わるのはちょっと…」

「…まぁ、琴里はそう言うと思ってたよ。だから、少しずつ変えていこうと思ってる」


人は急激な変化についていけない。それはする側もされる側も同じこと。だから、少しずつ、小さな違和感に気付く程度の変化から始めようと思う。
となれば一番手っ取り早いのが眼鏡なわけなんだけど…
再び分厚い瓶底眼鏡を装備した琴里を見ながらぐるり、思案する。琴里のことだから、きっと眼鏡は意地でも死守すると思う。いや、確実にするだろう。だとしたら…


「ねぇ琴里、前髪切る気ない?」


とりあえず聞いてみれば、琴里は心底嫌そうな顔をした。目に見えてわかるくらい露骨だからいっそ面白い。


「前髪があるのとないのじゃ全然違う」

「そうだけど…さっき頑張るって言ったばっかじゃん」

「う…」

「嫌がってばかりじゃ進歩しないぜ?なにもオン眉にしろだなんて言ってないんだからさ。せめて鼻先は出るくらいにはしようよ」

「でも…」

「でももへでももない。こういうのは勢いと思い切りが大事なの!眼鏡とるわけじゃないんだから…な?」


髪を切る事は女の子にとってすごく勇気のいることで、それが前髪ならなおのこと。たかが前髪。されど前髪。前髪一つで、人の印象はガラッと変わる。だから、イメチェンにはもってこいの前髪を切ってまずは琴里自身の視野を広げてもらえたら、なんて思っているわけで。

きゅ、と口を引き結んで黙りこくってしまった琴里は、しばらくして、こくり、小さく頷いた。


「よしきた!じゃあ、任せてくださいよ!かわいく切ってあげますからね!」

「ガタガタにしないでね…」

「ふふん、俺を舐めてもらっちゃ困るぜ?」


じゃーん!と鞄からハサミとコームを取り出し、掲げる。ハサミに関しては百均で買ったちゃっちいものだけど、前髪を切る分には問題ない。琴里に顔の下でゴミ箱を持っててもらい、前髪をコームで梳かす。「このくらいの長さでどう?」鼻の少し上のところにコームをあてがい琴里に訊ねると、緊張しているのか、ぎこちなく相槌を打った。
…まぁ、気持ちはわからんでもない。ずっと視界を遮っていたものを急に取っ払うのは、存外心もとないのだ。

しょきん、しょきん、ハサミが琴里の前髪を切り落としていく。この時に気を付けなければいけないのが、前髪を引っ張らないこと。自分で前髪を切った時の大半の失敗理由が“切りすぎた”である。指で前髪を挟んだ際に無意識に引っ張ってしまい、テンションがかかる事によって切った時に短くなってしまうのだ。
だから、自分で前髪を切る時はできるだけ引っ張らない。挟むだけ、を意識すれば失敗は少なくなる。
あと、幅。あまり広く幅を取りすぎると顔が出る面積が広くなって、顔が大きく見える。だから、黒目より外側はできるだけ切らないようにする。

前髪のベースを切り落として、軽く梳きを入れて整えれば終わり。長めに残したけれど重たすぎない前髪の完成だ。


「はい、できたよ。このくらいでどう?」

「…やっぱり短すぎない…?」

「もおおお…そんなん言ってたらいつまで経っても始まらんでしょうが!」

「そうだけど…」

「琴里」


むぎゅッ!と両頬を掴んで顔を上げさせると、分厚い眼鏡の向こうで琴里がきょとり、と目を瞬かせた。


「短い前髪の琴里もかわいいよ」

「……………………」


…あれ、なんか無言になってしまったんだけど。「おーい、琴里?」ひらひら、と眼前で手を振っていれば、少ししてはッ、と意識が戻ってきたらしく、またもや深く俯いてしまった。


「善逸くん、そういうところ…」

「へ?何?どゆこと?」

「わからないならいいよ」

「急に距離とるのやめてくれない!?心が折れるから!!」


琴里は時々ドライだ。大人しいのに拍車がかかって余計に冷たく見られがちだけど、割とこれが素だったりする。
なんにせよ、存外うまく前髪が切れたんじゃなかろうか。短くなって落ち着かないのか、しきりに触る琴里がおかしくて笑う。心配しなくても、琴里はかわいいよ。