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2 改革一歩前




「嫌」


きっぱり言い切ると、目の前の幼馴染みはしょんもりと眉を垂らした。まるで萎れたたんぽぽみたいだな、なんて見当違いの事を思いながらも再度「絶対嫌だから」と念押しすれば、今度こそ幼馴染み…もとい善逸くんは情けない声を出した。


「なんでだよぉ…何でそんなこと言うのよ…」

「嫌なものは嫌。というか、どうしてそういうことになったのか全然理解できないんだけど」


そもそもの話、お昼を食べている時に唐突に来たLINEが「今日家行くから」だけなのがもう意味がわからない。善逸くんとは幼馴染みだけど、だからとて私がそれに従わなければいけない理由はない。
だからどこかで適当に時間を潰してから帰ろうって思っていたのに、私の思考なんてお見通しとでも言いたげに昇降口に先回りしていた善逸くんの顔は、いっそ清々しいほどに笑顔だったのは記憶に新しい。

…こんな感じで捕まって、家に善逸くんを招き入れることになったのが数十分前。それからずっと「嫌」と「なんで」のこんにゃく問答を繰り返している。


「はぁ…善逸くんがしつこいのは知ってるけど…」

「今しつこいって言った?」

「なんで今回はそう食い下がるの…。理由は?」


なんであれ、理由も何もないのであれば私は納得しないし承諾だってしない。そりゃそうでしょう。いくら幼馴染みとて、何でもかんでもほいほい承諾したりしない。
じ、と善逸くんを見つめる。そうしたら、存外真面目な顔で私を見つめ返してきた善逸くんの手が伸びてきた。いきなりだったから反応なんてできなくて、気付いた時には私の防御壁その一である眼鏡が奪われていた。


「ちょ、返してよ」

「琴里さぁ、せっかくかわいい顔してるのに、どうして隠すんだよ」

「ッ…」


そう聞かれて、言葉につまる。どうして、なんて、そんなの決まってる。私は、私が一番自分の事が好きじゃない。それは容姿だったり、はたまた性格であったり、とにかく、自分に関する全部が嫌いだ。
小学校の時、周りの子よりほんの少しだけ発育がよかっただけでクラスの男子にからかわれたり、男性教師にいやらしい目で見られたり、ひどい時は成績を下げるって脅されて触られたりもした。
それが嫌で、嫌で、仕方なくて、それならば、誰にも近付かれない姿になればいいと思った。必死に前髪を伸ばして、分厚い瓶底眼鏡もかけて、胸は大きめの服を着て猫背になればどうにでもできた。

…本当は、クラスメイトの女の子たちみたいにかわいくありたい。雑誌とか見て、流行りの服の話とか、髪型のアレンジのしあいっことかやってみたい。…だけど、そう思う度にトラウマが頭の片隅に蘇るのだ。


「…善逸くんには、関係ないよ」


あぁ、結局かわいくない事しか言えない。善逸くん、幻滅しただろうか。ごめんね、こんな後ろ向きな幼馴染みで。
取られた眼鏡を取り返して、だけどそれをかける気になれなくて俯く。「俺はな」ぽつり、善逸くんの声が降ってきた。


「俺、琴里が地味子って呼ばれてんのすっごくやだ」

「、…」

「琴里がそういう風にしているのも理由があるって何となくわかる。理由が言えないのなら言わなくていいし、琴里が言えるようになるその時まで俺は待ってる」

「善逸くん…」

「それにさ」


徐に善逸くんの手が額に触れた。そうしてそのまま前髪をかき上げられ、眼鏡のレンズと前髪越しじゃない幼馴染みと目が合う。


「ほら、やっぱりかわいい」


物好きだと思う。周りの人たちみたいに私を敬遠すればいいのに、善逸くんだけは私の傍から離れなかった。


「俺は琴里が地味子って言われるのが嫌だし、せっかくかわいい顔してるのに隠すなんてもったいないって思った。何より!俺が!かわいい琴里が見たい!」


そう潔く言い切った善逸くんに私が目を瞬かせる番だった。なんだその理由。「いや今も充分かわいいんだけどさ」なんて言う善逸くんに、呆れる。全く、すぐそういうこと言うんだから。
…幼馴染みのよしみはきっとあるんだろうけど、それでもこうして真っ直ぐに本心を伝えてくれるから、私も少しだけ勇気を出してみようかなって、思える。
…まぁ、半分ほど自分の願望があるんだろうけど、それが清々しい程に善逸くんらしいなって思う。

善逸くんの手が額から離れ、前髪が落ちてくる。視界を遮る長い前髪は全てから私を遮断するカーテンのようで、だけど、善逸くんと一緒ならば、いつかこのカーテンも取れる時が来るのかな、なんて。
深呼吸した。


「…善逸くん」

「なに?」

「私、やっぱり怖い。変わるのって、すごく勇気のいることで、もし変われたとしても、変だとか言われたらどうしようって不安になる」

「そんなこと言うやつがいたら俺がぶっ飛ばしてやる」

「風紀委員でしょ?だめだよそんなの」

「そういう心意気でいるってことだってば」


もう、すぐ調子のいいこと言うんだから。
昔のトラウマも自分のコンプレックスも、そう簡単に消えやしない。…けど、昔とちっとも変わらない善逸くんだから、ほんの少しだけ頑張ってみようかなって、頑張れるかなって、思った。