続 ゴーストバスターかまぼこ | ナノ
07
ピンポーン。暗い神社の片隅に似つかわしくない軽快な音が響く。深夜の神社だなんて怖い以外の何者でもないけれど、背に腹は変えられない…というか、変えちゃいけない理由が私にはある。
ここは社務所。前に善逸くんが社務所と桑島さんの家はインターホンが繋がってるって言っていたのだ。
社務所の横の磨りガラスは真っ暗だ。つまり、家の中の電気はついていなくて、さすがに時間が時間だから、寝ているのかもしれない。
…だけど、引き返しちゃダメだ。ここで引き返してしまったら、二度と善逸くんに会えない気がするし、あの黒い影たちは善逸くんを殺すのを待ってはくれない。
だから、絶対に今夜中に起こさないといけないんだ。
ピンポーン。もう一度インターホンを鳴らすけれど、磨りガラスの向こうに電気はつかない。
どうしよう…もう一回、もう一回だけ鳴らしてみよう…そう思って手を伸ばそうとした瞬間、ぽん、と肩に手が置かれた。
「ギャーーー!!!」
「お、落ち着かんか!儂じゃ!」
びッ…くりしたあああ…!!背後から急に来たから!!お化けかと!!
手の主はここの神社の神主…桑島さんで、まさか背後から奇襲(違う)を受けるとは思っていなかった私は近所迷惑関係なしに思いっきり叫んでしまった。
未だバクバクと早鐘を打つ心臓を押さえると、桑島さんは申し訳なさそうに眉をへちょり、と垂れ下げた。
「そんなに驚かれるとは思っとらんかったわい…」
「いや、普通に驚きますよ…」
「それより、杜羽ちゃんはこんな時間にどうしたんじゃ?危ないじゃろうて」
「…私、やっぱり善逸くんが心配です」
ぽつり、そうこぼすと、桑島さんは困った顔をした。
「夕方も言ったが、善逸なら大丈夫じゃ。疲れが溜まって今は寝とるが、朝になればきっと…」
「それじゃあダメなんです!」
静かな空間に私の声がこだまする。まさか私が大声を出すとは思っていなかったのだろう、桑島さんがびっくりしたような顔をしているけれど、私はそれに申し訳なさを感じつつ、けれど気付かなかったフリをして言葉を続けた。
「夢を、見たんです…」
「夢…」
「電車に乗ってる夢でした。そこではおおよそ人にはできない非道な事が平気で行われていて、端の人から順番に惨殺されます」
「それは…」
「そこには善逸くんもいて、善逸くんがそういう目に合うまでもう何人もいません…。私…あの夢がただの夢とは思えない!だから!」
「杜羽ちゃん、少し落ち着きなさい」
「でも!」
「いいから。ほれ、深く息を吸ってごらん」
桑島さんの言う通り、深く息を吸って…吐いて…それを何回か繰り返すうちに、焦っていた気持ちが少しずつ和らいでいった。「ん、もう大丈夫じゃな?」こくり、頷く。
「…善逸の意識が何かに引っ張られているのはわかっていた。じゃが、儂らでは“何に”引っ張りこまれているのかはわからんかったんじゃ」
「何か…」
「杜羽ちゃんが言うそれは、猿夢じゃろう。全く、善逸のやつ、厄介なものに引っ張りこまれよって…」
「あの、猿夢ってなんですか…?」
「…ちゃんと説明しよう。ここじゃなんだから、来なさい」
先導する桑島さんの後ろをついて歩く。猿夢…猿夢って、なんだろう。その言葉を口に出した時、桑島さんの顔が僅かに強ばったのには気付いていた。そんなに、恐ろしいものなんだろうか。
怪異とかそういうものについて私は詳しくはない。けれど、あの桑島さんにそんな顔をさせたのだから、きっとよくないものに違いない。
***
「さて、と」
桑島さんについて行って案内された場所は、離れの家であった。客間であろう一室に通され、桑島さんから猿夢…そして、今の善逸くんの現状を詳しく教えてもらった。
猿夢とは今もなお語り継がれている都市伝説の一つらしい。古びた電車に乗せられた乗客たちが、順番にアナウンスで放送された通りの殺され方をされる夢である。
途中で目を覚ます人もいるようだけど、もし万が一に猿夢を見続けながら殺されてしまったら、現実世界でも等しく命を落とすのだそう。
…そんな夢を、善逸くんが見てる…。夢見が悪いと言っていた原因………ん?
「あの…なら私が見た夢は…?善逸くんが見ている夢を私も見ているのなら、それは…」
「普通は他人の夢を第三者が見る事なんてないんじゃながなぁ…」
うーん、と唸りながら桑島さんは言う。そう、普通ならば誰かの夢を覗き見るだなんて芸当、私にはできないし、そんな力なんて当然ながらない。
…それに
「(あの声は何だったんだろう…)」
「…杜羽ちゃん、折り入って頼みがあるんじゃ」
「え?」
「こんな事、杜羽ちゃんに頼むべきじゃないんじゃが、時間がない上にきっと君にしかできん」
「わ、私にしかできないって、何を…」
「このまま夢を見続けると、善逸が死んでしまう。…頼む、善逸を、助けてやってくれ」
桑島さんが居住まいを正し、頭を下げた。慌てて起こそうとするけれど、それでも桑島さんはぴくりとも体勢を崩さない。
…私は炭治郎くんみたいに魔除の道具を作れるわけでも、親分のように悪いものの気配に鋭いわけでもない。視る力を失った私はただの女の子でしかなくて、何かできるかなんてわからない。
だけど、それでも助けたいって思う。「桑島さん…」ぎゅッと手を握りしめた。
「善逸は私を助けてくれた…傷付いても、怯えても、それでも最後まで私“たち”を見放さなかった!だから、今度は私が善逸を助ける番だ!」
「…ありがとう、杜羽ちゃん」
ほろり、桑島さんの片目から水滴がこぼれ落ちた。まだ、まだだよ桑島さん。泣くのにはまだ早い。私、ちゃんと善逸くんを助けるから。
ねぇ美羽、大丈夫だよね。