続 ゴーストバスターかまぼこ | ナノ
20
「ーーーー」
呼ばれていた。誰かに名前を…私の、名前を呼ばれていた。
ずっとずっと。私と、もう1人の名前。だけど、酷く声が朧気だ。これじゃあどこから呼ばれているのかわからない。
考えあぐねていると、とん、と優しく背中を押された。小さな小さな手だった。「ーーー」何かを言っているようだが、私の耳には膜を張ったかのようにぼやけた音しか届かない。…けど、きっとそれでいいのだ。だって、ちゃんと聞いてしまうと私はきっと泣いてしまうから。
「ーー」
……あぁ、また呼ばれた。待って、待って、もう起きるよ。あの人もつれて、一緒に…ーー
***
ゆっくりと、目を開けた。ぼやける視界に映る見慣れない天井と鼻をくすぐる嗅ぎ慣れない匂い。「ここは…」喉が張り付いているようで、掠れたような声が出た。そうして徐々に思い起こされる記憶に息を吐く。あぁ、私は善逸くんを助けるために桑島さんの所に来たのだった。
軽く咳き込みながら体を起こそうとして、異変に気付く。なんだか酷く体が重たい。まるで…
「おぉ、目が覚めたか」
動かせない体に瞠目していると、おぼんを片手に持った桑島さんが傍らに立っていた。
「桑島さん…あの、私…」
「まぁまぁ、とりあえず何か喉を通すといい」
桑島さんの手を借りてどうにか体を起こし、差し出された水を遠慮なく受け取って口をつける。張り付いた喉に冷たいものが通る感覚はなんとも言えないもので、若干眉を顰めていれば桑島さんは朗らかに笑った。
「どうじゃ、少しはマシになったかの?」
「はい…ありがとうございます…あの、」
「…ギリギリセーフ、と言ったところじゃな」
「え?」
それは、一体どういう事なんだろう…。首を傾げると、桑島さんは苦笑いしながら、けれどその表情の中に安堵を滲ませて後ろを振り返った。
「杜羽ちゃん…」
そこには、泣きそうになりながら笑う善逸くんが横たわりながら私を見上げていた。「善逸くん…!」重たい体を引き摺ってどうにかそばに寄り、手を握る。そうすると、ぶわり、黄色い目玉から大粒の涙をこぼした。それが窓から差し込む朝日に反射して、黄色いレモンの飴玉が落ちているみたいだな、なんて人知れず思う。
「杜羽ちゃん、ごめん、ごめんね、俺…」
「善逸くん」
ぴしゃり、善逸くんの声をさえぎった。だって、彼はすぐに謝るんだもの。何を言おうとしたのかわかったし、だからとて私は謝ってほしいわけでもなんでもないのだ。
「あのね、あのね善逸くん…」
…だから、だから私は君にこの言葉を送る。
「おかえりなさい」
善逸くんの大きな目がさらに大きく見開かれる。とめどなく溢れ出る涙に、そのうち目玉が溶けてしまうんじゃないかとハラハラしてしまう。
「ただいま…!」
人の心には誰しも闇がある。それを誰かに打ち明ける事はとても勇気のいる事で、だけど、だからこそ差し伸べられる手に救われるんだ。かつての私がしてもらったように、今度は私が別の誰かに手を差し伸べて、それで少しでも力になれたのならそれ以上に嬉しい事はない。
救われたいって思ったっていいじゃない。助けてって泣き叫んだっていいじゃない。だって、私たちは人間で、本当に1人になってしまったらきっと生きてはいけないんだ。
それを私に教えてくれたのは紛れもない善逸くんだから。
窓から差し込む朝日が眩しい。いつの間にか過ぎ去っていた長い長い夜の中で見つけた蒲公英は、自分の闇を胸の奥底に隠しながら、誰もが知らないところで誰かのために身を粉にし続けた優しい優しいお日様なのでした。