続 ゴーストバスターかまぼこ | ナノ
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ぱちり、瞬きを一つ。私は学校にいた。

見慣れた教室。見慣れた机の並び。そこは私の知っている教室そのもので、そんな空間に私は恐らく自分の席であろう椅子にぽつねん、と座っていた。
黒板の上に設置された時計の針は、午後5時をさしたまま動かない。窓から差し込む柔らかな夕日が教室内を照らし、長く長く影を伸ばしていた。


「…行かなきゃ」


がたり。立ち上がる。教室内に椅子が床を擦る耳障りな音が響いたけれど、すぐに空気中に霧散した。ドアを開けて、廊下に出る。どこに向かうべきかわかっていた。
左に曲がって突き当たりへ。たん、たん、軽快な音を立てて私の靴がリノリウムの階段を踏みしめる。誰もいない学校は閑散としていて、その静けさが妙に胸をざわつかせるけれど、同時に、今にも同級生たちの笑い声が聞こえてきそうで不思議と怖いだなんて思わなかった。
ただ無心に、だけど心は何かに急き立てられるようにざわついて。行かなきゃ、急がなきゃ、あの人が待ってる。

そしてついぞ階段を一番上にまで登りきってしまった。目の前に聳える重苦しい鉄の扉は屋上へと続くもので、ここが普段の学校ならば鍵がかけられているのだけれど…
がちゃり。ドアノブを回せばすんなりと回った。やや重たいドアに体重をかけて、錆びた鉄の音を立てながらゆっくりと押し上げていく。眩しく差し込む夕日に目を細め、開ききったドアの向こうを見上げた。

空一面の、赤。

だけど、さっきまで私がいた街の赤じゃない。血が滲んだような色ではなくて、柔らかい温もりを携えたような赤だった。

夕日の中に足を踏み入れる。給水塔がある壁に沿ってぐるりと歩き、そして…ーー


「見つけた」


夕日に当たらない所、人目を憚るように影の中に蹲る蒲公英を見つけた。

私は止めていた足を動かして蒲公英の近くまで歩き、隣にすとん、と腰を下ろした。私と彼…善逸くんの間に夕日の光と影の境ができて、境界線みたいだった。「…ごめんね」しばらくの間沈黙が支配して、先に声を上げたのは善逸くんだった。


「途中から気付いてたんだ。あの夢も、この空間も、襲ってきた怪異たちも、全部俺が呼び寄せて作り出していたものだったんだって。…怖い思いさせてごめん。辛い思いさせてごめん。危険な目に遭わせてごめん…」


ぽつり、ぽつり、善逸くんがこぼす。それを私は何も言わずに聞いていた。


「俺と関わったばかりにこんな事になって…結局はあいつの言う通りだった。こんな俺でも、誰かの力になれたのなら少しでも救われるんじゃないかって思ってた。杜羽ちゃんや美羽ちゃんを助けた時も、そうする事で自分が人のためになれてるんだって思いたかったんだ。…誰かを救える力を持っていても、結局は誰かを不幸にしてしまうのなら、俺は…」

「馬鹿言わないで」


ぴしゃり、善逸くんの言葉をさえぎった。馬鹿な事を言わないでほしい。
私がここにいるのも、怖い思いをしているのも、危険な目に遭っているのも、全部私が選んだ事で。私はこれまでみたいに善逸くんと一緒にいたいし、みんなでわいわい騒いで、放課後どこかに遊びに行って、ゲームセンターとか、私初めて行ったよ。善逸くんが助けてくれから、私と美羽を救ってくれたから普通の生活ができているんだよ。だから怖くても耐えれたし、危険だってわかってても頑張れた。それを善逸は否定するの?


「別にいいじゃん、救われたいって思っても。だけど、忘れないで。善逸くんは自分の事を誰かを不幸にしてしまうって思ってるかもしれないけど、私はそうは思わない。だって、私たちを助けてくれたのは善逸くんだから」


ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。自分でももう何を言っているのかわからないくらいに支離滅裂な言葉を並べてしまって、だけど、横目でちらりと見た善逸くんも同じようにぼろぼろ泣いていて。向き合うわけでもなく、ただ隣に並んで、固く手を握り合って、わんわんと年甲斐なく大声で泣いていた。

泣いて。泣いて。泣き疲れて。お互い瞼を真っ赤にして(善逸くんは鼻水出てた)泣き腫らした顔を見合せ、笑う。「こんなに泣いたの、すっごい久しぶり」「私も」最後に1回鼻を啜ってから立ち上がる。そうすると、私につられるように善逸くんも立ち上がり、ふにゃり、いつものように眉を下げた。


「帰ろう、善逸くん。皆が待ってるよ」

「……うん」


善逸くんの手を引いた。影の中から引っ張り出すように、かつて彼が私にしてくれたように。腕、頭、体、順番に照らされて、最後にたん、と光の中に足を1歩踏み出した瞬間、屋上が端から……いや、この空間がパキパキと音を立てて剥がれ始めた。

夕焼け空が白に変わっていく。崩れていく空間に、だけど不思議と怖いだなんて思わない私たちは歩き出す。
空が崩れて、街が崩れて、最後に私たちのいる屋上が崩れたと同時に、私たちを白が包み込んだ。眩い白は目を開けられないほど輝いて、そして、そして………ーー