続 ゴーストバスターかまぼこ | ナノ
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ばたん。ドアを閉めた。途端に、この部屋だけ別世界に隔離されたような圧迫感と錯覚に襲われる。7畳程の間取りの部屋だった。フローリングの床に空色の壁。よくある勉強机は使われた形跡はないものの妙に年季が入っていた。子供用のベッドは掛け布団のシーツが車や飛行機などの乗り物が散らばっている。

……あぁ、やっぱりそうだ。気のせいだ、ただの空似だ、なんて目を背けていたけれど、ここまで酷似しているのであれば認めざるを得ない。

ふ、とカーテンのあいた窓に大きな影がさした。


「………あの子は関係ないだろ。追い回すのなら俺だけにしろ」


窓はあいてない。あくはずがない。振り返らないままそう告げれば、窓の向こうにいるあいつは楽しげに、けれど怒りと恨みと狂気を混ぜ込んだ音をたてて窓を引っ掻いた。


『憐れ、憐れ』

『愚かな人の子よ』

『お前が招き入れたのに』

『あぁ、あぁ、可哀想に、可哀想に』

『何もできない。何も救えない』

『せいぜい後悔するがいい』


甲高い笑い声が遠のいていく。気配も消えて、あいつが発する不気味な音もどこかへと行ったはずなのに、俺の耳の奥にいつまでも、いつまでもあいつの笑い声がこびり付いていた。

ど、と全身に冷や汗が滝のように流れる。荒ぶる心臓のせいで自分の恐怖に満ちた音しか聞こえない。今更になって震えだした体を押さえながら、崩れ落ちるように床に膝を着いた。


「……はは」


から笑い。


「ッ…〜…!」


瞬間、言いようのない様々な感情が津波のように押し寄せてきた。ぶわりとせりあがってきたそれは涙となって床に滴り落ちる。
津波じゃねぇや、これは、そう、大海嘯みたいな。何もかもを飲み込んでしまいそうなほどの感情は激情のようで、だけどあいつに言われた事は何一つ間違っちゃいないから余計に悔しくて悔しくて仕方がなかったんだ。
言われなくてもわギャってんだよ。じいちゃんのところで修行して、悪いやつを祓える力を身につけて、俺と同じ思いをする誰かの助けになれたならって。

ーー……思ってたのに…

悔しい。悔しい。悔しい。悔しい…ーー


「善逸くーん!」


ふと1階から俺を呼ぶ声が聞こえた。ほんのり高くも柔らかい声は杜羽ちゃん特有のもので、未だに溢れる涙をどうにか無理矢理に止めて、袖で目元を乱雑に拭った。
立ち上がり、この部屋を出るべくドアノブに手をかける。……その時、なんとなく振り返った。子供用のベッドに勉強机しかない簡素な部屋だ。ぐるりと部屋の中を一瞥して、大した感情も浮かばないまま俺は今度こそこの部屋をあとにした。

1階に降りれば、階段のすぐ下で杜羽ちゃんが待ってくれていた。


「中々降りてこないから心配してたんだけど………善逸くん?」

「ん?」

「大丈夫?」


そう言って俺の顔を覗き込む杜羽ちゃんに、せっかく押さえ込んだはずの涙がまたぶり返してきそうになった。「…大丈夫」ほんの少し俯いて、呟く。


「大丈夫だよ!ごめんねぇ、心配かけて…」

「本当…?無理してない…?」

「してないしてない!ほら!見て!ピンシャンしてんの!いやね、2階にベッドあったからさ、横になってたら一瞬寝ちゃって…!」

「それすっごい疲れてるじゃん…!もう少し寝ててもいいんだよ?」

「いや、割りとスッキリしたからもう大丈夫!杜羽ちゃんは?ゆっくり休めた?」

「私はおかげさまで…」

「そっか。なら、もうそろそろ行く?本当は行きたくないけど…帰るためだから…またさっきみたいな奴に追いかけられたら今度こそ死んじゃう…」

「もぉー…そういう縁起でもないこと言わないでよ!…絶対に2人で現実世界に帰るからね。わかった?」

「………うん」


杜羽ちゃんは、随分強くなった。なんというか、こう、出会った当初のように何かの視線に怯えたり、不安と恐怖で満たされた音が聞こえなくなった。
それはいつか体験したあの出来事がきっかけなのかは定かではないけれど、何かが彼女を変えるきっかけになったのは見ていてわかる。

…だからこそ、いつまでもここに留まっているわけにはいかないのだ。


「…行こっか」

「うん」


どちらかともなく手を繋ぐ。はぐれないように握り締めた小さな手の温もりを感じながら、がちゃり、俺たちは血を流したような夕焼け空の下に足を踏み出した。