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「ほぁ…私…自分の才能が恐ろしい…」


改めて友達になった彼女…善子ちゃんに気がすむまで抱き着くという至福の時間は、顔を真っ赤にした善子ちゃんに引き剥がされることによって幕を閉じた。
そのまま本来の目的であった善子ちゃんのお化粧を再開し、たった今仕上がったところなんだけど…


「うわ…これ本当にアタイ…?」


変な風に塗ったくられていた濃い化粧は全部落として、善子ちゃんの肌や髪の色に合うように選び直したため馴染みがよくしつこい印象を与えない。口紅も、真っ赤なものよりほんのりと橙色が混ざった優しい色にした。頬紅は控えめ。最後に目尻に紅を引けば、誰にも見劣りしないかわいらしくも美しい少女に変身した。
ほんと、私天才かもしれない。


「かわいー!善子ちゃん元がいいから、私もお化粧してて楽しかった!」


そうだ。ついでに髪の毛もやっちゃおう。適当に二つに結ばれてたリボンを取った。うーん、こっちから反対側にまで編み込み持ってきて、纏めちゃおうかな。
ふんふんと鼻歌交じりに善子ちゃんの髪を結う。さっきから善子ちゃんが鏡を見たまんま動かないんだけど、まぁいいか。


「はい!できたよ!」

「すっご…」


さっきまでのぶちゃいくとは大違い!着てるものさえ変えればいいとこのお嬢さんにも見えてしまうから、私の腕が怖い。怖すぎる。16年間培ってきた姐さんたちの技術が役に立ってよかった!


「冬姫ちゃん、化粧も髪結うのもめちゃくちゃ上手じゃん!アタイじゃないみたい…」

「ふふーん。姐さんたちに散々仕込まれたからね!もっと褒めてくれたまえ!」


えっへん!胸を張った。褒められて悪い気はしない。むしろ嬉しい。嬉しすぎる。やんややんやと褒めちぎってくれる善子ちゃん。でれでれと緩む頬を隠しもせずに照れまくっていたら、唐突にぴしゃん!と部屋の襖が開いた。


「あんたたち、いつまで遊んでるんだい?挨拶回りは終わったの?」


ひょっこり、顔を覗かせたのはおばばだった。


「あ!ご、ごめんまだ…!善子ちゃんの化粧直ししてたら楽しくなっちゃって…」

「…あら、随分見違えたじゃない」

「そうでしょ!?善子ちゃんかわいいんだよ!」

「そ、そんな…よせやい冬姫ちゃん…!」

「もう、わかったわかった!早く姐さんたちに挨拶しといで!それが終わったら、そうねぇ…まずは芸でもしてみるかい?」

「芸?」

「冬姫、頼んだわよ。くれぐれも遊びすぎないように」

「はーい!」


大丈夫かねぇ。だなんてぼやきながら出て行ったおばばを見送り、善子ちゃんの手を引いて立ち上がる。


「善子ちゃん、お琴とか三味線弾いた事ある?」

「いや、ない…」

「じゃあ私が教えてあげるね!こっち!」

「わッ…!」


部屋に来た時と同じように、善子ちゃんの手を引いて廊下を走る。「こら!冬姫!」やば、千歳姐さんだ。咄嗟に足を踏ん張って速度を落とした。急に私が止まったから、善子ちゃんもその場でたたらを踏んでお互いに転けそうになる。「冬姫ちゃんさぁ、すっごい廊下走るね…」「つい走っちゃう」「いや、わからんでもないけど」そんな会話をしながら遊女たちに挨拶をすませてから稽古部屋に向かうと、芸者の姐さんたちが稽古に勤しんでいた。


「来たよ!」

「いらっしゃい。話は遣手婆から聞いてるわ。あそこに一式出してるから、好きに使いなさい」

「わ、わざわざありがとう!」


どうやら私の部屋から出た後に、おばばが芸者の姐さんたちに話を通してくれていたみたいだ。
稽古部屋の一角に揃えられた楽器と向かい合い、稽古を始めた私たち。そこでわかったのだけど、善子ちゃんはすこぶる耳がいいらしく、私が一度弾いて聴いた曲を寸分の音階を違わず弾いてみせた時にはびっくりしすぎて口がポカン、と開いてしまった。

それからお琴も同じようにしたのだけど、結果は三味線と同じで、ほんの短時間の間に善子ちゃんは奏楽の腕をめきめきと上げた。天才だ…音楽の天才がいる…!感動で震えた。


「善子ちゃんすごい!すごいすごい!ねぇ聞いた姐さん!」

「一度聞いただけで弾けるなんて、とんでもない才能よ!ねぇねぇ、このまま芸の道を極めてみない?あんたならきっとのし上がると思うよ!」

「え?え?そ、そうですか?ウィッヒヒ」

「そうだ!次の大部屋の演奏さ、善子ちゃんが出なよ!いいでしょ姐さん?」

「そうねぇ、それだけ上手ならいいかもしれないわね。善子の舞台慣れにもなるし、ちょうどいいかも」

「そ、そんな、アタイみたいな新人が出ちゃってもいいんですか…?」

「楽器が上手なのに年数なんて関係ないよ。善子ちゃんは出れるだけの技術がある、それだけ」


そしてもっと言うなら、せっかくかわいくおめかししたのを皆に見てほしい私である。
さっそくおばばの元に足を運んだ私たちは、大部屋の演奏に善子ちゃんが出る交渉をし、見事もぎ取ったのだった。


「そういえばさ、冬姫ちゃんはいつからこのにいるの?」


大部屋で演奏する曲の譜面を見てる時、唐突に善子ちゃんが聞いてきた。


「ずっとだよ?」

「えッ…ずっとって…」

「赤ん坊の時にね、京極屋の前に捨てられてたんだって。それを拾って育ててくれたのが女将さん」

「……ごめん」

「なんで謝るの?」

「だって、嫌だったろ?言うの…」

「別に気にしてないよ。私が捨てられたのも、京極屋で拾われたのも、たまたまそうだっただけ」


そう、たまたまそうなっただけで、そうなってほしかったわけじゃない。顔も知らない生みの親の事なんて正直どうでもいい。だって、私の家族は京極屋の皆で、親代わりは女将さんと旦那さんなんだから。…女将さんは死んじゃったけど。
思い出しただけでまた悲しいのがぶり返してきたや。滲む視界をぎゅ、と目を閉じる事で無理矢理なかった事にした。


「…アタイもさ、捨て子なんだ。名前も付けられなかった」

「そっか…」

「冬姫ちゃんはここから出てみたいとか思った事ないの?」

「ないよ。というか、出たところで私はきっと生きられない。だって、ここでの生き方しか私は知らないから」


遊郭での生き方と外の世界での生き方じゃ、きっと根本から違うんだろう。出た事ないから憶測でしかないんだけれど、それでも、きっと私が外に出たら、それこそ陸に上がった魚のように、瞬く間に呼吸困難になって死んでしまうのだと思う。「もし…」ぽつり、善子ちゃんが小さくこぼした。


「もし、もしだよ…?ここから出られたとしたら、冬姫ちゃんは何がしたい?」


もし出られたら、かぁ…考えた事なかったや。そうだなぁ…もし出られたら…


「海、見てみたい」


空にも負けない広大な海。話で聞いただけで実際に目にした事のないそれを見てみたい。


「善子ちゃんは何がしたい?」

「……鰻食べたい」

「何それぇ」


思わぬ返しにおなかを抱えて笑ってしまった。存外彼女は食い気が強いらしい。
中々笑いの虫が収まらなくて善子ちゃんが恥ずかしそうにむくれた頃、おばばの善子ちゃんを呼ぶ声が部屋に響く。彼女の背中を押して頑張れ!と応援の意を込めて握り拳を作ったら、不意に私の手を握り締めた。


「冬姫ちゃん、海、行こうね」


私の返事も聞かず、善子ちゃんは姐さんたちと一緒に行ってしまった。どうやって見に行くんだろうとか、足抜けするのかなとか、様々な事が脳内を巡ったけど、それよりも善子ちゃんの大きくて暖かな手の温もりが心地よかった。


「…善子ちゃん、手、おっきかったな…」


女の子にしては大きな手。思い出して、一人でなんだか気恥ずかしくなったけれど、さっきの善子ちゃんの手の温もりを思い出してきゅ、と胸に抱き込んだのだった。