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「冬姫!冬姫ー!」


千歳姐さんの支度の手伝いをしていると、一階から女将さんの私を呼ぶ声が聞こえてきた。「はぁーい!」とりあえず返事をしたはいいものの、姐さんの支度はまだ終わってない上に、禿に支度の仕方を教えていたところだ。どうしたものやら、と考えていると、見かねたらしい千歳姐さんが助け舟を出してくれた。


「行っておいで。私はあと少しで支度がすむから」

「で、でも…」

「続きは私が教えとく。その方がこの子たちにとっても学びになるだろうからね」


ちらり、と傍らの禿…伊織と皐月を見る。どことなく不安そうにはしてるものの、ふんすふんすと意気込んでいるあたり心配いらない、か。


「じゃあ、お言葉に甘えて。二人とも、しっかりね」

「「はい!」」

「姐さん、後はお願いね」

「はいよ」


「ありがとうね」と振られる手に軽く振り返して、女将さんがいるであろう一階の内証に足を向けた。


「失礼します、冬姫です」

「入りな」


声をかけるとすぐに帰って来た返事に、静かに襖を滑らせる。何のつっかえもなく開いたそれを横目に一度深く頭を下げ、次に顔を上げた時に飛び込んできた人物に目を見開いた。


「今日からうちで働く事になった雛鶴だ」

「初めまして、雛鶴です」


随分な別嬪さんだ。目尻の泣きぼくろが女らしさを際立てているのだろうか、町を歩けば誰かしらに必ず声をかけられるであろうほど、目の前の彼女は美人であった。ほう、と思わず惚けるくらいには。


「この子は冬姫。京極屋全体のお手伝いさんみたいなもんさ。冬姫、悪いけど雛鶴に案内と挨拶回りをしてから部屋に案内しておやり。東の一角に空き部屋があっただろう?」

「もう部屋持ちですか?」

「新造にするにはもったいなさすぎるからね」

「わかりました、女将さんがそう言うのであれば。行きましょう!雛鶴さん!」

「え、えぇ…」


戸惑っているらしい雛鶴さんの手を取り、部屋を出る。まずは一階から。妓楼の一階はほぼ店の従業員たちの生活スペースになっている。土間、台所、風呂場、禿や奉公人の雑魚寝部屋、針子部屋、そして先程私たちがいた内証などかある。そのまま階段を上がり、二階へ。上がってすぐのところに遣手部屋があり、ここはこの店の遣手婆の部屋だ。ちなみに余談だが、私は彼女の事を“おばば”と呼んでいる。
芸者などを伴ってどんちゃん騒ぎをする大部屋と、引付座敷、そしてその奥に上級女郎…姐さんたちの部屋がある。ばたばたと開店前の身支度で忙しい姐さんたちに雛鶴さんを紹介しながら、東の空き部屋に雛鶴さんを案内した。


「今日からここが雛鶴さんのお部屋です!自由に使ってくださいね!」

「けど、本当にいいの?入ったばかりの私が一部屋使うだなんて…」

「女将さんがいいと言ったのですから、気にせず使ってくださいな。気を使っているのならそれはやめた方がいい。ここは蹴落とし、蹴落とされる世界なんですから」

「そう…」


なんだかむずかしい顔をしていたようだけど、そういう世界なのだと言ったら雛鶴さんは納得したように、言い聞かせるように「そうだったわね」と呟いた。「あ、そうだ」ぽむ、と手を打ち付ける。


「一応、部屋の中の物を確認してみてください。前の姐さんの物がまだ残ってはいますが、もし足らないものがあれば私を捕まえて言ってくださいね」

「…ここにいた前の人は?」

「足抜けしましたよ」


ひゅ、と雛鶴さんが息を飲んだ気がした。


「…ごめんなさい」

「どうして謝るんですか?そりゃあ突然で、足抜けだなんてするような人じゃありませんでしたけど…」


言葉を濁した。男に溺れる素振りもなければ、ここでの生活が苦しそうなわけでもなかった。私が見る葛姐さんは、いつだって笑顔で、笑うと目尻が下がる素敵な花魁だった。手紙がぽつねん、と寂しく文机に置かれていたのを見て、言いようのない感情が胸を渦巻いたのを覚えている。
寂しくない、と言えば嘘になる。けれど、この世界ではこれが普通なのだ。なんでもなさそうな顔をしていても、誰しも胸の内は別のものを巣食わせている。もしかしたら葛姐さんも…

なんて、そこまで考えて、やめた。ここは遊郭。男と女、嘘と見栄、愛憎渦巻く夜の街。

ぎゅ、と目を閉じ、開く。私の中にはもう寂しさなんてなかった。この店の人たちはみな家族だ。私にとってはそうで、だけど、この世界で生きる限りどうしたって嘘が付きまとう。
だから私は、せめて自分には正直でいたいと思う。


「さ、早いとこ確認しちゃいましょ!」


寂しさも何もかもを払拭するように笑う。雛鶴さんは痛々しそうに私を見つめるけれど、次の瞬間には「そうね」と柔らかく笑ってくれた。やっぱり美人は笑顔に限る。