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ここで働いた年数が、私の年齢である。


親の顔を私は知らない。


いつ生まれたのかもわからない。


寒い冬の事だったらしい


たった一枚のボロボロのおくるみに包まれ、名前も書かれずに店の前に捨てられていたのが私だと、女将さんが教えてくれた。


別段、悲しいとか、寂しいとか、憎らしいとか、そんな事は思ったことがない。


だって、私にとっては知らない人で、顔もわからないような人間を恨んだりするほど私の心は狭くないと自負している。


今の私にはたくさんの家族がいる。それも大人数だ。


血が繋がっていなくとも、私を拾ってくれたその時から女将さんが私のお母さんで、私の面倒を見てくれた店の姐さんたちが家族なのだから。





「ねぇ、予備の白粉どこにしまってたっけ?」

「あ、私わかるよ!取ってくる!」

「助かるよ」


窓拭きをしていた手を止めて、廊下を走る。途中ですれ違った姐さんに「走るんじゃないよ!」と怒られ、それに「はぁーい!」と返しながらも動かす足を止めないあたりはご愛嬌である。

何だかんだ、姐さんたちは私に甘いのだ。ふふん。

道具室までやって来て、入ってすぐ左の下から二番目の引き出しを開けると、目的の白粉たちが所狭しと現れた。
えっと、確かあの姐さんは色が白いから…


「これだな」


そう言えば、南の部屋の姐さんたちが口紅がもうすぐなくなりそうだってこの前言ってたな。ついでに持って行ってやろう。
白粉と、つい先日入れたばかりの新色の口紅を握り締めて道具室を出る。そして来た時と同じように走っていれば、角を曲がろうとした瞬間にどんッ!と何かにぶつかってしまった。「わぁ!!」ぶつかった衝撃で視界が後方に流れていく。来るであろう痛みにぎゅッ、と目を閉じるけれど、それよりも早くに腕を引かれた。


「なんだ、冬姫じゃないか」

「わ、蕨姫姐さん!」


私の腕を引いたのは、京極屋の看板である蕨姫花魁だった。
まさかの人物に突進してしまい、ひやりと背中を冷たいものが滑り落ちるけれど、それよりも先にまずやる事がある。


「ごめんなさい、姐さん!私がぶつかったばかりに…怪我とかは…?」

「大丈夫だよ。それよりあんた、さっき走るなって言われてただろう?」

「う…なぜそれを…」

「たまたま聞いてたんだよ。言いつけを破って…悪い子だね。もう走るんじゃないよ」

「うん!ありがとう姐さん!」


大きく手を振って蕨姫姐さんと別れ、廊下を走れば「こら!言ったそばから!あたしの言う事が聞けないのかい!?」と怒声が飛んできた。わー!ごめんなさい!

蕨姫花魁。この京極屋の看板を背負う一番の売れっ子花魁だ。他の遊女たちや禿の子たちは、蕨姫姐さんの事をひどく怖がる。
至って極悪で性悪。自分の気に入らない事、癪に障る事があれば構わず当たり散らかし、度々怪我人や足抜け、自殺者を出していたりする。

…そんな蕨姫姐さんだけど、なぜか私にだけはひどく優しかった。優しい、と言うより、扱いがマシと言った方が正しいかもしれない。
きつい口調なんかは他の人たちと変わらないのだけど、私にだけは絶対に手をあげない。だからか、私は蕨姫姐さんの事を怖いだなんて思った事はない。


「はい、持ってきたよ!」

「ありがとうねぇ、助かるよ」

「えへへ。あ、私、南部屋の姐さんたちにも口紅渡してくるね!」


私が働くこの店は、“京極屋”と言う名の遊郭である。

といっても、私は遊女の姐さんたちのようにお客を取ったりしない。あくまで“お手伝い”として、主に雑用や遊女たちの世話、手伝いをするのが私だ。


「全員準備しな!灯りを灯すよ!」


あ、どうやら開店するみたい。さて、今日も一日頑張りましょうかね!