十五
呼ばれた気がした。冷然とした氷のような、だけど、どこか耳馴染みのいい声に意識が救いあげられるように浮上する。
「う…」
全身が重い。まるで体が鉛にでもなったかのようだ。ズキズキと痛む頭と軋む体を押さえて起き上がろうとして…ふと誰かが私に覆い被さるようにして倒れているのに気付く。その人の頭が見覚えのある金髪で、尚且つ全身血塗れなのに驚いて口から引き攣った悲鳴がこぼれ出た。
「ぜ、善子ちゃん…!!」
「ぅ…冬姫、ちゃ…よかった、怪我…ない…?」
「ッ…うん。ぶつけたところが痛いだけで、大丈夫だよ」
「そっかぁ…」
へらり、と笑う善子ちゃん。ふと周囲を見渡せば建物が全部吹き飛んでいて、この辺一帯が瓦礫の山と更地になっていた。
なんでこんな事になったかはわからないけれど、善子ちゃんのこの口ぶりを聞くに、私を守ってくれたのは彼女…いや、彼のようだ。
「俺、冬姫ちゃんに謝らないといけない事ある…」
「うん…」
「俺、実は男なの」
「…知ってる」
本当は途中から気付いてた。ただ、私が現実を見ようとしなかっただけ。全部から目を逸らしていたから。
「京極屋に来たのも、売られてきたわけじゃなくてね…仕方なしっていうか…」
「うん」
「本当の名前、善逸って言うんだ」
「ぜんいつくん」
「……嘘ついてごめんねぇ」
そう言ってぼろぼろ泣きながら笑おうとする善子ちゃん…もとい、善逸くんになんだか私までもらい泣きをしてしまって、目尻から滑り落ちた水滴がぼたり、ぼたりと善逸くんの顔に降り注いだ。
「わた、わたしもね、善逸くんに謝らないといけない事、たくさんある…!」
「うん…」
「私も嘘ついてた…!善逸くんと、みんなと、それと、自分に…。誰かに指さされるのが怖くて、人と違う自分を見るのが嫌で、それと、姐さんの事も。本当は全部知ってたのに、自分の保身のために何も知らないふりしてた…」
「うん、知ってる」
「、…」
「音で、わかってた。俺ね、注意深く耳をすませるとその人が何考えてるのか少しだけわかるんだ。…冬姫ちゃんからはずっと、言いようのない違和感の音がしてた」
善逸くん曰く、私の音は表面と中身があっていないような、今にもひび割れてしまいそうな歪な音だったらしい。
「…善逸くんは私を見て、化け物だって言わないの…?」
「言わないよ」
「どうして」
「どうしても。…それに、冬姫ちゃんの髪はとっても綺麗だよ。きらきらしてて、星屑みたい」
そう言いながら私の髪に触れる善逸くんの手を握った。そんな事、初めて言われた。だって、いつだって私は化け物だった。望んで生まれ落ちた容姿じゃなくても、周りは私を化け物にしようとして、それが嫌で私は全部に嘘をつこうって決めて…
…あぁ、そっか。
妙に既視感を覚えた。前にもこんなやり取りがあったような気がして、思い出す。いつだったか、店の姐さんたちにざんばらに髪を切られて、泣きながら染め粉を探している時。蕨姫姐さんに言われたんだった。
“お前の髪、星屑みたいね”
滅多に他人を褒めない姐さんが唯一言ってくれた言葉。
「冬姫ちゃん」
不意に善逸くんが私の名前を呼んだ。
「行ってあげて」
「え…?」
「きっと、冬姫ちゃんの事待ってるよ。口ではあんな事言ってたけど、あの人、きっと冬姫ちゃんの事が大好きなんだ。だからわざときつい言葉を吐いて、君をここから遠ざけようとしたんじゃないのかな」
「そう、かな…」
「本当は俺めっちゃ足痛いし、なぜか知らないけどバッキバキに折れてるから行ってほしくないんだけどね!?泣きたいし誰かに縋り付いてないと痛すぎて死んじゃうけど!!…冬姫ちゃんが後悔して悲しむ方が嫌だから」
善逸くんは、なんでこんなに優しいんだろう。優しすぎて、きっとそれは彼の美点でもあるんだろうけど、それでも誰か他人のためにここまで優しくなんてやれやしない。
傷に触らないように善逸くんを横たえる。「ここを真っ直ぐ行って、少し脇に逸れたところにいると思う」喧嘩してんのかな…なんて若干震えた声でそう告げる善逸くんに少しだけ笑った。
「善逸くん、ありがとう。私、ちょっと行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」
善逸くんに背中を押してもらい、震える足を叱咤して地面を蹴る。
今度こそ、今度こそ姐さんと話をするんだ。きっとまた口悪く罵られるんだろう。…だけど、それでも私は言いたい。姐さんへの私の想いを。
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