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十四




一度目は、小さな赤ん坊の時だった。


「何、こいつ」


布団に寝かされているそいつはもぞもぞと動き回っていた。小さくて、這い蹲って、なんて惨めな生き物なんだろう。さして興味はなかった。たまたま店の中を歩いていたら見かけた。それだけだ。


「あぅ」

「……」


薄紅色の目をした赤ん坊があたしに向かって手を伸ばしてきたけれど、あたしはそれを無視して踵を返した。


二度目は、ほんの少し子供が成長した時だった。夜にも関わらず、男衆の一人と元気に裏庭を走り回っていた。
その時に目に入った、靡く白い髪。他のどの人間もみな髪は黒いというのに、あいつだけはまるで老婆のように真っ白であった。けれど、あいつが動く度に明かりに照らされた白い髪がきらきら光って、星屑みたいだと思った。


三度目は、二度目よりそう日は経たなかった。
廊下を歩いていたら、お三津に手を引かれて歩いているのとたまたますれ違った。あの時の夜と同じように明かりを吸い込んできらきら輝く髪が美しいと思った。
あいつと目が合う。そうしたら、あいつの薄紅色の目玉が、あたしを見るなり宝石のように輝いた。


「わぁ…!おねえちゃんてんにょさまみたい!」


美しいとか、綺麗とか、そんなものあたしにとっては当たり前だ。今まで散々同じ事を言われて、心なんて動いた事微塵もない。当然の事だもの。
だけど…


「ありがとう」


気付けばそんな事を口走っていた。お三津も、あたしがそんな事を言うのが珍しいからか目を見開いていた。どうしてあんな事を言ったのか未だにわからないし、理解するつもりももはやない。だけど、妙に胸がこそばゆく感じた事は不快ではなかった。


四度目は、道具室だった。
べそべそと、あたしの嫌いな汚い泣き声がそこから聞こえて顔を顰めた。だけど、どこか聞き覚えのある声に立ち寄ってみれば、嗚咽を漏らしながら引き出しを漁る白い塊を見つけた。


「何してんだい」

「ッ!」


びくり。大きく揺れる肩。振り返ったそいつの目玉から透明な何かが滑り落ちた。


「耳が聞こえないのかい?何してたんだって聞いてんだよ」

「ご、ごめんなさい…!わたし…」

「誰が謝れって言った?」

「ッ…!そ…そめ、粉…」

「あ?」

「染め粉、さがしてました…!」


そう言って差し出されたものが、確かに染め粉が入っているものだったから顔を顰めた。なんたってこんな物を…そう思ったけど、よく見ると、子供の髪がざんばらになっている事に気付いた。


「その頭、どうしたんだい」

「…えと、はさみであそんでたら、切れちゃって…」

「あたしに嘘をつくのか」

「ち、ちがッ…!…でも…」


言ってもいいものかどうか、考えあぐねているようだ。けれどそんなのあたしには関係ない。いつまでも言葉を濁す子供に苛立ち、壁を思いっきり殴る。そうしたら子供は震えながら、ぽつぽつと喋りだした。
他の遊女に気持ち悪いと言われた事。髪が白くて化け物みたいと罵られた事。鋏で髪を切られた事。

本当、くだらない。人間と言うのは、少しでも自分たちと違うものがあればそれを徹底的に排除しにかかろうとする愚かで憐れな生き物だ。あたしにとって子供の嘆きも悲しみもどうだっていい。泣こうが喚こうが関係のない事だ。
だけど、何だか無性に腹が立ったから、殺す予定じゃなかったそいつらをズタズタにぶち殺してやった。


五度目は、そいつの頭が真っ黒の時だった。作り物みたいに塗ったくられた黒が気に食わなくて、ちょこちょこと店の中を歩き回るそいつを捕まえて問いただしてみれば、お三津に染め粉を塗るように言われたのだそう。
本当、馬鹿な子供だ。


「…お前の今の髪、あたし嫌い」

「、…」

「前の白の方がよっぽどよかった」

「!ほ、本当…?」

「お前はあたしが嘘をつくように見えるの?」

「う、ううん、ううん…!見えない!ほぁ…わたし、誰かからそんなふうに言われたの初めて…!」


両手を頬に当てて、心底嬉しそうに笑う子供から視線を外す。らしくない。自分でもよくわかっている。人間なんて所詮自分の腹を満たす喰い物でしかなくて、でも、その喰い物に対してこんなにも胸がむず痒くなるのはきっと過去にも未来にもこいつだけなのだろうなって、漠然と思ったのだ。


「お前、名前は」


だから、あたしがこいつに構うのも、名前を聞いたのも、ほんの些事な事なのだ。


「わたし、冬姫!」





走馬灯のようなものを見た。長い年月を生きたあたしのほんの欠片ほどの思い出だ。人間だった頃の記憶なんてほとんど忘れたし、思い出したいだなんて思ったことはない。だって、どれも冷たくて味気ない、寒風吹き荒ぶ思い出ばかりだもの。
だけど、あぁ、今のは、寒くなかった。かと言って暖かくもない。生温い風呂に足先だけを突っ込んだみたいな感覚。
それでも、だとしても、触れていたいと思うのはあたしの傲慢なのだろうか。

お兄ちゃんがあいつの首を締め上げた時、心臓が冷えた。歪む顔、だんだんと血の気が引いていく肌、苦しさに喘ぐ声、他の奴らなら、あたしが食料庫に保存していた人間たちならどんな顔をしようがなんて呻こうがさして気になんてしなかったのに。あぁ、ダメ。そいつはダメよ。


「…お兄ちゃん」


だから、唯一最愛の兄に向かってこうも牽制的な声を出したのは、恐らく最初で最後なのだろう。「怖い顔をすんなよ」だなんてお兄ちゃんはおどけたように言うものの、冬姫の首を掴む手は緩むどころかいっそう強く力を入れているのがわかる。


「どっちを先に殺そうが一緒だろぉ…何ムキになってんだ?それとも…存外こいつに情でも湧いてたりしてな」

「う"…」

「お兄ちゃん!」


お兄ちゃんは本気だ。情とか、そんなんじゃない。ただあたしの前からいなくなってほしくないって思った、それだけ。あれほど本当の自分を隠し続けていた冬姫が、全部をなしにしてここまで来てくれたのはびっくりしたけど、弱い人間はすぐに死んでしまう。だからわざとになじってここから追いやろうとしたのに…

あたしの中でぐらぐらと天秤が揺れる。どうすればいいの。あたし、もうわけわかんないんだけど。
立ち上がり、とりあえず先に地面に這いつくばる不細工を殺そうと帯を広げた瞬間、瓦礫の中から雷のような轟音を轟かせて何かが出てきた。


「お、前…!!」

「冬姫ちゃんを離せ!!」


冬姫がやたらと気にかけていた黄色い頭の不細工だった。まさかあの瓦礫から抜け出してくるだなんて思ってなかったから、咄嗟に帯を不細工にけしかける。「雷の呼吸、壱ノ型…!」あんたのその速度は何度も見てるからわかってんのよ!
所詮あたしが止められない速度じゃない。今までだってそうだった。あいつの口からこいつの名前が出る度に憎たらしくて仕方がなかった。あたしだけがあいつの中にいればよかったのに…友達も何もあいつには必要ない。だから死ね!!


「神速」


一瞬、目の前から不細工が消えた。けれどその一瞬の間に頸に衝撃が走り、すごい速さで視界が流れる。ビッ、と帯と化した頸に切れこみが入った。


「(こいつ、まだこんなに動けるの…!?頸が斬られかけてる…!)」

「(斬れろ、斬れろ、振り抜け!霹靂の神速は二回しか使えない、足がダメになる!炭治郎が作ってくれたこの千載一遇を見逃すわけにはいかないし、何より宇髄さんが冬姫ちゃんを助けてくれたこの隙を無駄にはしない!)」

「(邪魔、邪魔、邪魔!!こいつさえ、こいつさえ来なければあいつは血迷った事なんて言わなかったのに!!)」


負けない、絶対にこいつになんて負けない。あたしの頸を斬る前に、あたしがあんたを細切れにしてやる!!
ぶわり、帯を広げる。同時に、瞬く間に別方向から来た何かに帯が切り刻まれて瞠目した。
お兄ちゃんが心臓を指したはずの猪頭がいた。


「俺の体の柔らかさを見くびんじゃねぇ!!」


猪頭が持つ刀があたしの頸に振り下ろされる。お兄ちゃんも額に痣のある不細工に頸を斬られかけているところで、このままじゃあたしたちはこいつらに負けてしまう。


「お兄ちゃん、何とかして!お兄ちゃん!」


やだ、やだ、負けたくない。こんな、不細工に、だって、負けたら黄色頭の不細工にあいつが取られるみたいで、そんなの…


「(嫌よ!!)」


反撃してやろうとあたしが帯を広げるよりも、手を振り翳すよりも早く、不細工たちの刀があたしの頸を振り抜いた。「え?」気付けばあたしの世界は漆黒の夜空を写していて、その片隅で同じようにお兄ちゃんの頸が飛んでいくのを見つけた。

あぁ、あぁ、あぁ…


あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!


斬られた!!斬られた!!斬られた!!頸斬られた!!ムカつく!!あの不細工が!!どこまでもあたしの邪魔をして!!死ね!!あんな奴に、あんな奴に…!!


「冬姫ッ…!」


手を伸ばそうとして、だけど頸を斬られた今そんな事できなくて、ほんの一瞬視界の中に入ったあいつは頭から血を流しながら瓦礫の中でぐったりと気を失っていた。

どうしてこうなったの。あたしはただ、あの薄紅の中に…ーー