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十一




外から激しい音が聞こえる。それは徐々に激しさを増していて、私には一体何が起こっているのかてんで理解できなかった。

…だけど。


「(早く善子ちゃんと蕨姫姐さんを見つけないと…!)」


落とすのに手間取って随分時間がかかってしまった。どぉん、どぉん、と轟く轟音に逃げ惑う人混みに逆らって走り続ける。こんなにも混乱している状態だからか、誰も彼も皆自分の事に必死で私の事になんて気付きやしない。それが今はとてもありがたかった。

見慣れた吉原の町並み。だけど、普段の賑やかな喧騒や雪洞提灯の煌びやかな明かりはなりを潜め、代わりに不穏で、それでいて全身にまとわりつくように重苦しい空気で満ちていた。


「危ない!!」


唐突に体に強い衝撃を受けた。その後すぐに何かを断ち切るような斬撃音が繰り返され、気付けば私は知らない誰かに抱えられていた。


「大丈夫ですか!?」

「えッ…あの…」

「ここは危険です!早く逃げてください!」


市松模様の羽織を着た、日輪のような耳飾りをした男の子はそう叫ぶや否や、私を降ろしてどこかへと行ってしまった。「まッ、待って!!」咄嗟に彼へと手を伸ばすけれど、私の声も手も彼には届かなかったのか、瞬く間に見えなくなってしまう。今この吉原で何が起こっているのか聞ければよかったのだけど…


「…まただ」


また、轟音が激しくなった。一体何が起こっているの。彼は刀を持っていた。という事は、刀を持って戦うような誰かがここにいるという事だろうか。それならば、鳴り続けるこの轟音にも納得する。
…何にせよ、せっかく逃げろと言ってくれた彼には悪いけれど、私にはそうはいかない理由がある。
震える膝を叱咤して、立ち上がる。さっきので鼻緒が切れてしまったらしい草履を脱ぎ捨て、私は再び前を向いて走り出した。音の鳴る方へ。誰かが戦う中心へ。





***


戦いは依然、激しさを増していた。蕨姫花魁…もとい、堕姫の内に眠っていた兄の妓夫太郎が出てきてからはさらに拍車がかかり、そんな鬼二人と単身で戦っていた宇髄の元へ炭治郎や善逸、伊之助が助太刀に入った事で、戦いは混沌と化していた。


「善逸!」

「蚯蚓女はは俺と寝ぼけ丸に任せろ!!お前らはその蟷螂を倒せ!!わかったな!!」


数回、落雷にも似た轟音が轟く。天井を突き破って堕姫と共に外に出た善逸に炭治郎は叫ぶも、その後すぐに善逸を追って外に出た伊之助に、改めて目の前の妓夫太郎に目を向けた。
建物の中では炭治郎と宇髄が。屋根の上では善逸と伊之助が。それぞれ鬼と対峙し、攻防を繰り広げていた。


「お前、あの時の…!」


善逸を見た堕姫は唇を噛み締めた。自分の目の前に佇む善子…もとい、善逸が、京極屋で自分に盾突いた癪の触る人間だったから。鬼殺隊である事は気付いていた。しかし、今こうして再び目の前に立ち塞がり、そして尚且つつまらない説教を自分に垂れる善逸に堕姫は額に青筋を浮かび上がらせた。


「つまらない説教を垂れるんじゃないわよ。お前みたいな不細工が、あたしと対等に口を利けると思ってるの?」


この街でなは、女は商品である。売ったり、買ったり、壊されたり、物同然の扱いを受け、そして何より、自分で稼げないような不細工な人間は飯を食う資格もなければ人間扱いさえしない。堕姫の持論である。「それに…」堕姫の善逸を見る目が鋭くなった。


「あんた、本当に気に食わない。あいつの周りをうろちょろうろちょろ…ほんと…虫唾が走るわね…」


“あいつ”。そう堕姫が指す人物の事を善逸はわからないでいた。くるりと思考を回すものの、善逸自身京極屋にいたのはほんの少しの間で、誰か親しい人物がいると問われればそれは……いや、違う。ただ一人。善逸と共に過ごした少女がいた。溌剌とした、くるくると表情が変わる明るい性格の裏腹で、形容のし難い“違和感”の音を響かせた少女。


「冬姫、ちゃん…?」


ぶわり、善逸の視界いっぱいにいくつもの帯が迫り来る。瞬時に刀を振りかぶり、それらをいなしていくが、どうしたって手数は堕姫の方が多かった。徐々に捌ききれなくなり、取りこぼした帯が死角から善逸を狙う。


「しまッ…」


それに気付き、身を捩ろうとするよりも早くに、脇から伸びてきたギザギザの刃が帯を弾き飛ばした。


「ぐわっはっはっはー!!俺様が来たぜ!!おい寝ぼけ丸!!うっかりやられてんじゃねーよ!!」

「伊之助…!助かった!」


伊之助だった。建物の中から上がってきた伊之助は、善逸と共に堕姫が放つ帯を捌いていく。しかし、上弦の鬼である堕姫の攻撃スピードは早く、鬼であるが故に体力は落ちない。対して善逸と伊之助は、持久戦を強いられれば強いられるほど不利となり、次第に堕姫の帯によって全身を斬り刻まれていった。


「その薄汚い口で!!あいつの名前を呼ぶんじゃないわよ!!」

「うるせぇ!キンキン声で喋るんじゃねぇ!」


傷付こうが、何度も頸を狙って攻撃を繰り返していく。だからか、堕姫の中にだんだんと苛立ちが募ってきていた。しぶとく食らいついてくる人間共が鬱陶しくて仕方がない。しかもそのうちの一人、善逸の事が何よりも気に食わなかった。新参者に優しくするのはあいつの美点ではあるが、そのせいで何度裏切られたのかちっとも理解していなかった。


「お前もどうせ、他の人間と同じなのよ!!世話になった恩も礼も何もかも忘れてあいつを踏み躙るに決まってる!!だから!!」


いくつもの帯が周囲に広がる。それは善逸と伊之助の周りにとぐろを巻き、二人を刻まんと一気に迫り来た。


「あいつに近付くんじゃないわよ!!」


帯を振り下ろす。小癪にもそれらを避けて走り回る善逸たちに歯噛みしながらもう一度斬撃を繰り出そうとした堕姫であったが、唐突に目に入ったものにほんの一瞬動きを止めてしまった。

その一瞬を見逃さなかった善逸と伊之助は、ここぞとばかりに堕姫に刀を振りかぶる。…だが、堕姫からした動揺の音を耳聡く聞き取った善逸は彼女と同じ方向を見た瞬間、さッと顔色を真っ青に変えた。


「冬姫ちゃん!!」


堕姫の視線の先には、今まさに妓夫太郎に顔を掴まれている冬姫がいたのだった。