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「…虹彩変色は相変わらずだけど、特に問題はなさそうね。見え方とかどう?」

「特にはないよ。少しぼやけはするけど、見えないほどじゃないから今のところ任務に支障はないよ」

「そう…。何かあったらすぐに言ってね」

「わかった」


無惨の毒を右目にくらい、奇跡的に視力こそ落ちなかったものの虹彩変色を起こしてしまった私は、1ヶ月に1度カナヲの元へ定期検診を受けに来ていた。今日がその日で、普段の見え方、何か異常はないか、瞳孔の開き方をカナヲが確認するくらいの簡単な事。だけど、然れど、である。毒と言っても鬼の毒。この4年、目の色が変わる以外にこれといった大きな異常は見られないけれど、今後絶対に何かしらの症状が出ないかと聞かれれば応えは否。

しのぶさんの代わりにカナヲが蝶屋敷の主人となり、隊士たちの治療を一手に引き受けるようになったカナヲは連日忙しそうだ。そんな貴重な時間を私に回してくれるのだから、本当に彼女には頭が上がらない。


「カナヲ、いつもありがとう」

「…?どうして急にお礼…?」

「だって、カナヲも忙しいだろうに、こうやって毎回診てくれるから」

「そんなの当たり前じゃない。患者云々の前に、羽炭は私にとって大切な友達よ?無理矢理にでも時間を取るに決まってる」

「そこはちゃんと休んでね…」


初対面こそ、それこそ人形みたいだったカナヲが、今ではこうして私の事を大切な友達って言ってくれるようになったのはとても嬉しい。嬉しいのだけど…こう、自分で言うのもあれだけど、カナヲは些か私に対して妄信的だと思う。嫌だとかそんなんじゃない、ただ、もっと自分を大切にしてほしいとは思ってる。


「そういえば、禰豆子は?」

「禰豆子ならアオイと町に買い出しに行ってもらってる」

「そっか」


柱になるにあたって、本当なら屋敷が与えられるのだけど、私と禰豆子は雲取山の家に帰ったそのまま屋敷を受け取らずそのままそこに留まる予定だった。
…だけど、善逸が一緒に住もうって言ってくれたから。未だに鬼が跋扈するこの世の中、雲取山のあの家に禰豆子1人を置いておくなんてできない私は1度善逸の申し出を断ったのだ。その時の善逸の顔が未だに忘れられないでいるし、なんなら時々夢に見る。

そんな私に声をかけてくれたのがカナヲだった。再び留守にしてしまう実家を三郎爺さんにお願いして、禰豆子は蝶屋敷へ、私は善逸がいる鳴屋敷へと移った。いつも振り回してしまう禰豆子にはとても申し訳なく思っているのだけれど、時折こっそり覗きに来てみれば本人は至って楽しそうに仕事をしているみたいで、むしろ仕事を覚えるのが早くて助かるとアオイさんに言われて鼻が高くなったのはここだけの話。


「そういえば、善逸には言ってもらったの?」

「うーん……うん…?」

「まだなのね」


カナヲの目が鋭くなった。
私と善逸は同じ屋敷に住んでいる。お付き合いはさせてもらってるのだけど、結婚はまだしていない。自分から言ってもいいのだけど、なんかこう…善逸からはほんの少し迷いの匂いがするから。
あ、不仲だとかそんなんではない。上手く言えないけど、踏ん切りがつかない、みたいな?
だから私は、善逸が整理できるまで待っている事にしたのだ。


「あのヘタレほんと…いい加減にしなさいよね…いつまでもうじうじうだうだ…」

「はは…まぁでも、今の生活も案外悪くないものだよ。任務に出る頻度はあがったけれど、てる子たちがいてくれるからすごく助かってるし、善逸だって何だかんだ言いながらも頑張ってるから」

「本当に…羽炭はお人好しなんだから…」

「心配してくれてありがとうね。だけど大丈夫だから。私はまだ待ってるよ」

「羽炭がそれでいいのなら私は何も言わないわ。ただ…」

「ただ?」

「善逸に愛想が尽きたらいつでもここに来ていいからね。その時は私が羽炭をお嫁さんにするから」

「うーん…」


なん、だろう…カナヲから本気の匂いがするのだけど…
私は何も言えずに、とりあえず苦笑いをして言葉を濁したのだった。

少しの間カナヲとお茶をしてから蝶屋敷を後にした私は、道中立ち寄った甘味屋で屋敷の皆にお土産を買って帰路についた。豆大福が1人2つあたるように包んでもらって、地面に伸びる自分の影を踏みながら歩く。夕暮れには程遠い時間ではあるけれど、それでもどこか物寂しさを感じるのはヒグラシが鳴いているからなのか。


「羽炭ー!」


もうすぐ鳴屋敷だ、というところで前方から大きく手を振る黄色い塊を見つけた。黄色い塊…もとい善逸は私のところまで駆けてくると、へちょり、と眉を垂らして笑う。


「羽炭も今帰り?」

「うん。善逸も?」

「ちょうどさっき任務が終わったとこ…。はぁ…よく生きてた…よかった…」

「またそんなこと言って…」

「う…」


相変わらず善逸のぼやきは治らないけど、それでも昔と比べればだいぶ減った方だ。
目敏く豆大福の包みを見つけた善逸はわかりやすく喜ぶ。甘いもの好きだもんね。こんなに嬉しそうな顔を見れたのなら、買ってよかったなって思う。そのまま2人並んで鳴屋敷へと続く道を歩いた。


「目、どうだった?」

「特に異常はないよ。いつも通り。ただ、何かあったらすぐに報告しろとは口を酸っぱくして言われた」

「そっか。よかった」

「…善逸はさ、気持ち悪いと思う…?」

「え、何が?」

「目」


どうしてこんな事を聞いたのか、自分でもよくわからない。ただ、なんとなく聞いてみたかっただけなんだ。
鏡で自分の顔を見る度に、左右で色の違う目が嫌でも目に入ってしまうから、勲章だと受け入れてはいるものの時々、どうしようもなく気になってしまう時がある。「羽炭は馬鹿だなぁ」善逸がそんな事を言った。


「俺が羽炭の一部を気持ち悪いだなんて思うはずないでしょーが。それは羽炭が戦った証拠じゃん。体の傷も全部をひっくるめて俺は羽炭が好きだよ」

「………」

「…何、どしたん」

「いや…善逸にそんなことを言われるだなんて思ってなかったから…」

「俺の事なんだと思ってんの!?」


ギャンギャン、騒ぎ始めた善逸に申し訳なくて思いながらも、そう言ってくれた事が嬉しくてこっそりと笑う。
善逸が私を想ってくれる気持ちに嘘の匂いはない。だから善逸が何かに迷ってて、踏ん切りが付けられなくても私は待っていられるんだ。
善逸の手を取り、走り出す。屋敷はもうすぐそこだけど、なんだか走りたい気分。


「早く帰ろう!てる子たちが待ってるよ」

「なら、皆でお茶会だね」


ほんのりと立ち込める陽炎の中を、ヒグラシの声を聞きながら走る。夕飯の支度だってしないといけない。柱になったからといって屋敷でやることがなくなる事はないのだ。