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俺たちが柱に就任したのは、鬼舞辻無惨を倒してしばらく経った時だった。

壮絶な死闘を無限城で繰り広げ、多くの犠牲と引き換えに宿願である鬼舞辻無惨を倒す事ができたわけだけれど、どういうわけか鬼は消えることなく現れ続けた。
鬼舞辻無惨を倒せば鬼がいなくなるという憶測は見事にはずれ、こうして未だに鬼殺隊として日夜鬼と戦い続けている。

正直な話、俺に柱なんて務まるわけないと思ってる。弱いし、ビビるし、泣きますし?最初言われた時はなんの冗談なのかと思ったけれど、俺と一緒に新しいお館様の話を聞き、神妙に頷いた同期たちの顔を見て、あぁ、冗談じゃないんだ、なんてどこか他人事のようにぼんやりと思った。

“プレッシャー”。

柱であるが故の重圧。緊張。威厳。その他もろもろの責任感などが重たく俺にのしかかってきた。
前柱は、毎日こんな責任感を背負いながら鬼と戦っていたのか、なんて、改めて尊敬と畏怖の念を抱く。

俺が…柱…。務まるのか、俺に。かつて柱であった人物たちの背中を思い浮かべる。……無理だ。俺に柱なんて務まらない。だって、俺は…ーー





「善逸」


気付けば隣に並んでいた同期たちもお館様もいなくなっていて、この場には未だ地面に膝を着く俺と、そんな俺の顔を覗き込む羽炭しかいなかった。


「どうしたの…?顔が真っ青だけど、大丈夫?気持ち悪い…?」

「ぁ…ち、ちが…」


ぼんやりと目の前の羽炭を見つめる。そうしたら羽炭はびっくりしたように目を見開いて、だけどすぐにいつもの優しい笑みを浮かべて羽織の袖で俺の目元を拭った。


「…善逸、外に出ようか」


俺の手を取り、膝を着く俺を立たせてゆっくりと歩き出す。産屋敷家の敷地外に出て、羽炭に手を引かれるがままついて行く。どこに行くのか、羽炭は告げない。俺も聞かない。聞く余裕がない、の方が正しいのかもしれない。だけど、この手の温もりを感じていたら少しずつ自分の中の劣等感や圧迫感が解けていくようだった。

しっかりと繋がれた手が、小さくも力強い手が、迷子になる寸前の俺を繋ぎとめてくれる。この手に何度も助けられた。本当に、何度も、何度も…
ぎゅ、と握り返せば、振り返った羽炭がニコリと笑った。


「…不安、なんだよ」


しばらく歩いて辿り着いたのは、蝶屋敷から程近い川縁だった。その傍らに座り込み、お互い何も言わずに流れる水と飛沫の音を聞くこと少し。先に沈黙を破ったのは俺だった。


「鬼舞辻を倒して、これで世の中から鬼がいなくなるって思ったのに、まだいるし…そしたら柱になれって…無茶すぎじゃない…?だって俺だぜ…?」


戦わなければいけなかった。あの時、あの瞬間、自分の中の恐怖も、兄弟子をこの手で葬った懺悔も、全部を胸の奥底にしまい込んで戦わなければ、俺の大切なものが奪われてしまう。これ以上失いたくない。それだけを噛み締めて対峙した結果が今なわけで、宇髄さんのような強さも、煉獄さんのような信念も持ち合わせていない。
柱になるプレッシャーと、終わりの見えない敵の襲来に心臓がいくつあっても足りない。鬼舞辻を倒したからと言って、次に出会う鬼を必ずしも倒せる保証はないのだ。「善逸はさ」俺が吐き出した言葉を今までずっと聞いていた羽炭が、ぽつり、呟いた。


「善逸は強いよ」

「……俺の話聞いてた?」

「聞いてた聞いてた」

「本当かよ…」

「本当だって」


これほど疑わしい言葉を聞いた事がない…。本人は適当に言ってるわけじゃないっていうのはわかるから、余計にそう思う。


「強いってね、色々あるんだよ」

「色々…」

「そう、色々。善逸の言う強いもそうなんだけど、私が思う善逸の強さってそれだけじゃないと思うんだ。誰かを思いやれるところ、優しいところ、真っ直ぐでひたむきなところ」


言葉を途切れさせた羽炭が、次の瞬間花が綻ぶみたいに笑うから、心臓が誰かに鷲掴まれたみたいにぎゅーッ、てなった。


「きっとお館様は善逸のそう言うところを見抜いていたんじゃないかな」


羽炭は俺の事を優しいとか、思いやりがあるとか言うけど、俺に言わせてみれば羽炭の方がずっとずっと優しいと思う。優しいが強さ、なんて、頓智すぎるぞ。そう思う。思うけど…


「ぶッ…ふはッ…」

「え」

「羽炭ほんとッ…ははッ、あんまりフォローになってねぇし…!」

「ふ、フォローとかそんなつもりじゃ…!私はただ思った事を言っただけで…!」

「はいはい、わかってるわかってる」

「善逸!」


ぽこぽこ怒る羽炭は恐くない。一通り笑って、なんとなく空を仰いでみたら今の今までぐるぐる考えていたことがなんだかちっぽけな事に思えてきた。
ぐッ、と大きく伸びをする。深く息を吸って、それから、未だにむくれる羽炭の頬をむぎゅッと押さえる。


「俺さ、やっぱり弱いよ」

「善逸」

「そ、そんな怖い顔するなよぉ…!だって本当の事だし、自分で自分の事強いって胸を張って言えないし…けど、けどさ、俺はその弱さを受け入れて強くなりたい」


煉獄さんたちのような柱には程遠いかもしれない。だけど、いつか俺が夢見た幸せな夢を、誰よりも強くて、弱い人や困っている人を助けてあげられるような、そんな人間になれたなら。

そんな事を羽炭の暖かい手を握り締めながら思った。


ーーなれるさ


風に紛れてそんな声が聞こえた気がした。