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継子の朝は早い。…といっても、わたしが勝手に早く起きているだけで、必ずしも早く起きなければいけないわけじゃない。以前師範に何時に起きているのか聞かれ、時間を答えるとひどく驚かれた後にもっと寝なさいとお叱りを受けたものの、どうしたって癖付いてしまったものは直せない。

のっそりと布団から這い出て、畳んで部屋の隅に寄せてから寝巻きを脱ぎ捨てる。隊服ではない、別の動きやすい服を着てから、壁に立て掛けた木刀を片手に部屋を抜け出た。

最近暖かくなってきたとはいえ、明け方はまだまだひんやりと寒い。夜中に十分に冷やされた廊下の冷たさを足の裏に感じながら訓練場に足を踏み入れれば、思った以上に冷たい空気にぶるり、と身震いをした。


「さむ…」


二の腕をさすりながら訓練場の真ん中に座り込み、息を吸い込んだ。
ーー深く、深く、息をした。自分が呼吸を繰り返す度に聞こえる風の逆巻く音を聞きながら、けれど心は静謐に包まれていた。

息をして、息をして、息をして……すると、ある一定のところに来た瞬間苦しさに大きく咳き込んだ。


「ぶぁッ…はッ…ごほッ、ごほッ…、中々、できないや…」


全集中・常中。文字通り、全集中の呼吸を四六時中し続ける呼吸法で、呼吸を使うのなら…継子なら、必ず会得しなければいけない。これができるのとできないのとでは天地の差があると教わった。
…わたしはまだ、全集中・常中ができない。清兄ちゃんや正一兄ちゃんはできるようになったというのに、わたしだけ、一番小さい瓢箪ですら割れないでいる。
だから、すごく焦る。強くなりたくて、これ以上大切なものを失いたくなくて刀を手に取って、間違いなく戦える力はあるのにそれをちゃんと使いこなせない事に焦るんだ。
せっかく師範が継子にしてくれたのに、早く応えたいのに…


「…あ、もうこんな時間…」


ふと意識を戻せば、窓から差し込んでくる光が月明かりから夜明けの朝日である事に気付く。本当ならば呼吸を整えた後、刀の素振りや打ち込み稽古をしようと思っていたのに…
考え込んでいたから、思いのほか時間が経ってしまっていたんだ。

慌てて訓練場から飛び出し、自室に戻る。木刀を置いて軽く身支度を整えてから台所に向かうと、そこにはもう割烹着を身につけて包丁を握る師範…羽炭さんが立っていた。


「おはようてる子」

「お、おはようございます、羽炭さん…!ごめんなさい、遅くなっちゃって…」

「いいよいいよ、気にしないで!というか、もう少し寝ててもいいんだからね?」

「いえ、ここではわたしが一番下っ端なので、お手伝いします!」

「下っ端とか、そんなの気にしなくていいのに…」


困ったように羽炭さんは言う。だけど、わたしは継子だから、朝食の準備とか、屋敷の掃除とかを率先してやらないといけないし、それに、羽炭さんは鬼の親玉と戦った時に受けた毒のせいで片目が見え辛くなっているのだ。日常生活に支障はないって言うけれど、それでも時々、見え辛そうにしているのを見かける。だから、わたしが少しでも力になれたらなって…

…いや、きっとそんなの関係なしに、わたしは…


「…わたしはただ、羽炭さんのお手伝いをしていたいだけなんです…」


ぽつり、思わず口から転び出た言葉にはッ、と口を抑えるも、羽炭さんの耳にはばっちり届いてしまったらしい。
丸く見開かれた左右違う目がわたしを見つめ、けれどすぐに嬉しそうに、4年前と変わらない優しい笑みを浮かべた。


「ありがとう。やっぱりてる子は優しいね」


じんわり、自分の頬に熱がこもった。羽炭さんはよくわたしを優しいって言うけれど、わたしからすれば、羽炭さんの方がずっとずっと優しい人だ。お玉に掬ったお味噌をお湯にとかしながら、ぼんやりと羽炭さんの横顔を眺めながら思った。