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十八




「よ!来てやったぜ」


そう言って鳴屋敷の敷居を跨げば、掃き掃除をしていたこの屋敷の主の継子がきょとり、と俺を見て目を瞬かせた。たしか、清、と言ったか。


「宇髄様!どうされたんですか?」

「いや、何、ちょいと顔を見に来ただけだ。善逸か竈門はいるか?」

「羽炭さんはてる子と管轄の見回りに行ってて、師範なら多分部屋で書き物をしていると思います」

「そうか、ありがとな」

「あとでお茶お持ちしますね」

「いや、いい。本当に様子見に来ただけだからな。あ、それと、これ土産。お前ら兄弟で食えよ」

「わ、いいんですか?ありがとうございます!」


清におはぎを包んだ風呂敷を手渡し、ひらり、手を振って屋敷内にあがりこむ。なんだかんだ、ここの二人とは付き合いが長く、もう何度目かも分からない訪問であるためどこに何があるかは熟知してしまってる。時の流れは早いな。なんてじじ臭い事を思いながら廊下を歩き、目的の部屋の襖に手をかけた。


「おーい善逸ー」

「…だから、来る時は連絡しろっていつも言ってんでしょうが…」

「かてぇこと言うなよ」


すぱんッ!と無遠慮に襖を開け放てば、文机に向かって何かを書いていたらしい善逸が心底嫌そうに振り返る。というか、今更連絡とかいらねーだろうが。
ぶちぶちと文句を言いながらも筆を持つ手を止めて座布団を用意しようとする善逸を手で制し、自分で引っ張り出してそのへんに腰掛ける。にしてもこの座布団いやにふわふわだな…綿入れ替えたのか…?


「………で」

「ん?」

「何しに来たんすか…遊びに来ただけならぶっ飛ばしますよ…」

「いや、普通に遊びに来た」

「暇かよ!!」


ギャンッ!と吠えたてる善逸。はー、なんでこいつこんなからかい甲斐があるのかね。ちょーっと続き回したらすぐにこれだから、飽きねぇわ。
逆に竈門は全部流すからな。あの笑顔で全スルーされると地味に傷付く。


「…というのは建前として」

「嘘でしょ、どうせ。そういう妄想をしてらっしゃるんでしょ」

「ぶっ飛ばすぞテメェ」


本っ当にかわいくねぇなこの糞ガキ…歳重ねて少しはマシになったかと思ったけど、そのまんまじゃねぇか。
じと目で俺を睨めつけてくる善逸はいつもの事だけど、腹立つものは腹立つ。大きく舌を打って手に持った箱を思いっきり投げつけてやると、いい具合に角が頭に刺さったのか「ふぎゃッ!」だなんて猫が尻尾を踏まれたような声を出した。


「あんたほんと…!そういうところ嫌い!!」

「へーへー、嫌いで結構」

「…で、何よこれ」

「ちょこれいとっつー菓子だ。あの三兄弟には土産渡してあるから、それはお前らで食えよ」

「……」

「…んだよ、その顔は」

「何企ててんの…?」

「何も企ててねぇわはっ倒すぞ」


あぁもう、頭が痛てぇ。何かする度にこう勘ぐられちゃあ溜まったもんじゃない。


「…最近どうなんだ」

「何がよ」

「お前らだよ。上手くいってんのか」


そう問いかけると、露骨に善逸が纏う空気が揺らいで、あぁ、これはなんかあったな、なんて察する。善逸もそうだけど、竈門も妙に自分の事を隠すのが上手いから、お節介だとわかっていても土産を口実に時々こうして様子を見に来てしまう。そしてこの善逸の様子を見る限り、今回何かあったクチのようだ。


「…別に、あんたには関係ないでしょ…」

「まーたくそつまんねぇ意地張ってんのかよ。それともなにか?図星言い当てられてうじうじ悩んでんのかよ」

「、…」


むっつり、黙りこくった善逸にため息を吐く。ほんと、派手にめんどくせぇ奴らだ。大体予想がつくから、余計にそう思う。
こいつらが一緒に暮らすようになって早数年。祝言も挙げず、結婚するもなく、ただ一緒に暮らしているだけで、その事にこいつが地味に悩んでいるのは見ていりゃわかる。竈門も竈門で変なところで遠慮してるのか、たんにどうすればいいのかわからないのか、見守るだけ。正直に言う。非常に面倒くさい。
いつ死ぬかもわからない鬼殺の仕事をしているのなら、尚のことさっさと言ってしまえばいいものを、どうしてそう思い悩む。そう思うけど、善逸の事だ。きっと自分を卑下して踏み出せないんだろうなって思う。
…恋愛相談なんぞ、柄じゃねぇんだがな。


「おい善逸、想像してみろ」

「は?何、藪から棒に…」

「いいから。…目の前に竈門がいるとする。その竈門の隣に、お前じゃない別の男がいたらお前はどうする」

「………………」


ぎゅ、と善逸の眉間に皺が寄った。


「少しでも嫌な気持ちになったのなら、それは正真正銘お前の気持ちだろうが。ビビってんじゃねぇぞ」

「…俺は…」

「よく聞け、善逸。後悔してからじゃ遅いんだぞ」

「……」


今度こそ善逸は俯いてしまった。志し半ばで死んでいった仲間を何人も見た。その中には恋人同士だった隊士も稀にだがいた。俺は、善逸と竈門にはそういう事にはなってほしくはないし、後悔だってしてほしくない。腑抜けていたのなら怒鳴りとばしてやるつもりでいたけど、こいつもこいつで相当参っているらしい。
ど派手に落ち込んだ善逸を横目に、立ち上がる。


「結局のところ、俺が何言おうが最後に決めるのはお前だ。だから、お前らでなんとかしろ」


そうだ、俺は所詮手助けか背中を押してやることしかできない。
悩む事は悪いことじゃない。だけど、時間は無限にあるわけじゃないことだけ知っていてほしい。これでも俺はお前らの事気に入ってんだ。だからお節介だとわかっていてもついつい首を突っ込んでしまう。


「…あぁ、そうだ」


部屋を出る間際にふと思い出す。


「それ、早く食うか冷やすかしねぇと溶けちまうから気を付けろよな」


そう言い残して今度こそ俺は善逸の部屋を出た。途中帰ってきたらしい竈門と三兄弟の末っ子と遭遇して、二、三言葉を交わして別れたのだが、土産のこと言うのを忘れてしまった。…まぁ、末っ子の兄貴が伝えるだろ。


「さぁて、あれを食った後のあいつらが楽しみだなぁ」


二人の様子を見に行く。この目的に相違はないが、それはそれ、これはこれなわけだ。

あいつらのこれからを祈るのと同時に、地味に仕込んできた隠し玉にどんな反応をするのかが楽しみな俺は人知れず笑いながら帰路を辿った。