十六
任務で街に来た事はあっても、こうして善逸と二人で休みの日に街に遊びに来るのは随分久しぶりだった。
賑わう雑踏の中をはぐれないよう、差し出された善逸の手を取り、歩く。
この街には何度か来た事があるけれど、なんだか今日は一段と賑やかだなぁ。
「ねぇ、羽炭はどこに行きたい?何か見たいものとかある?」
「うーん…じゃあ、洋服屋に行ってもいい?」
「羽炭洋服着るの!?珍しい…ならふわふわのワンピース着た羽炭が近いうちに見られるって事?俺のため?俺のためかなこれは!」
「残念ながら、禰豆子へのプレゼントでした」
「なんだ、羽炭着ないの…?いや、禰豆子ちゃんも洋服きっと似合うしはちゃめちゃにかわいいんだろうけど、でも!でもでも!羽炭もワンピース着よ?禰豆子ちゃんとお揃いにしよ?ね?」
「しません」
「なんでよ!」
だって、私はきっと洋服なんて似合わないよ。禰豆子やカナヲみたいな目鼻立ちがはっきりしている子が着た方がきっと似合うだろうしね。
未だに食い下がる善逸を横目に見ながら周りを見渡す。洋服屋に行くのなら浅草みたいな大きな街に行った方がいいのだろうけど、ここからじゃ遠いからね。
もし洋服屋がなかったにしろ、新しい帯締めを買ってあげたいんだ。随分使い込んでて古くなってるし、禰豆子本人は形あるものが全てじゃないって言ってはくれるけれど、何か目に見えるものを残しておきたいってついつい思ってしまうのだ。
禰豆子の着物の色を思い浮かべながら思案していると、くん、と手を引かれる。きょとり、善逸を見上げると、彼もどこか思案顔で私を見つめていた。
「こっち」
スタスタと人混みを歩く善逸は目的の場所があるのだろう。手を引かれるがままついて行く。時間的にはそんなにかからなかったであろう、少し歩いた先のところで足を止めたのは反物と着物、その小物などを取り扱っている店だった。
迷いなくその店へ足を踏み入れる善逸に疑問符が飛ぶ。どうしてこの店に来たのだろうか…私的には帯締めとか小道具が見れてありがたいのだけど…
「羽炭、ちょっと待っててくれる?あ、店の商品とか見ててもいいからね。ここ、結構品揃えいいから」
「う、うん…わかった」
そう言い残して善逸はこの店の店主であろう女性と話し込みだした。ぽつねん、とわけのわからないまま取り残される私であるが、善逸の言う通りここはすごく品揃えがいいみたいだ。
…というか、なんで善逸がこの店の品揃えがいい事知ってるんだろう……そう思ったけど、まぁ、善逸だしな、なんて思ってすぐに霧散させた。
せっかくだし私も何か見させてもらおう。
帯締めや帯留めなどが陳列してある棚に向かう。どれも細かい細工がされてあってすごく綺麗だし、こんなに種類があったら逆に迷ってしまうな。
あーでもない、こーでもない、なんて脳内会議をしながらふらふら歩いていると、ふと店の外が一段と騒がしくなったのに気付いた。
「どいたどいた!花嫁行進のお通りだ!」
「(花嫁行進…?)」
何となく外に出て見れば、少し離れたところに白無垢を着ている女性と、傍らに寄り添い歩く母親だろう姿が見えた。遠目から見ても手を取って歩く姿は微笑ましいなって思う。
…あぁ、そう言えば似たような光景を以前どこかで見たような気がする。たしか……そうだ、ひささんのおつかいに行った時だっただろうか。懐かしいなぁ、あの時はたしかお嫁さんが黒引き振袖着てたんだっけか。
「(そういえば禰豆子は好い人はいないのかな…)」
いつか、飛車のような人が好みだと言っていた妹はどうなんだろうか…。その手の話をあまりしないからというのもあるけれど、やっぱり禰豆子には幸せになってほしいな。
なんて、ぼーッと考え込んでいるといつの間にやら花嫁と母親がすぐ目の前まで来ていた。華々しく、だけど厳かに歩みを進める二人を見守る。もし禰豆子が祝言をあげる時、花嫁の手を取って歩く役は私でありたい、妹の門出を一番近くで見守りたい、だなんて思うのは私の我儘だろうか。
「羽炭ッ…!」
不意に後ろに手を引かれる。勢いよく引かれたわけじゃないからよろめく事はなかったけれど、妙に焦った匂いをさせる目の前の善逸に首を傾げた。
「ど、どうしたの?そんなに焦って…」
「………」
「善逸…?」
「ごめん…」
「え?」
どうして善逸は謝るのだろうか。再度「ごめん」と小さく言ったきり俯いてしまった目の前のたんぽぽに今度はこっちが焦ってしまう。
「わ、私善逸に謝ってもらうような事されてないよ…?」
「……ずっと」
「?」
「ずっと……羽炭を待たせてしまってる…」
その一言で、善逸が言わんとしている事をなんとなく察した。もしかして、目の前を白無垢を着た花嫁さんが通ったのを私が見て羨ましがっていると思ってる…?
すん。鼻を鳴らす。申し訳なさそうな匂いに、確信。あぁ、やっぱり。
べちん!善逸の両頬を包んだ。
「善逸は善逸のペースでいいんだよ。何か心残りがあるのなら、それがなくなるまで私はいつまでも待ってるよ」
「羽炭…」
だって、実際そうなのだ。善逸が焦る必要なんてないし、今後私が善逸以外の誰かを好きになる、なんて恐らくきっとない。
「ゆっくりでいいから。ね?」
だけど、そう言っても善逸は余計に顔を曇らせてしまうばかりで、そんな彼を見て私は苦笑いしかできなかった。
***
ずっと前、この店の前を通った時にきっと羽炭に似合うであろう反物を見つけて、その仕立てが終わった連絡が来たのがちょうど先日だった。
本当はこっそり取りに行って羽炭をびっくりさせようと思っていたけど、今日羽炭が真新しい着物を着てるのを見て躊躇ってしまったのだ。
いや、似合ってるんだよ。今日着てる着物も。だけどほら、贈り物がかぶるのってどうなのかなって。…まぁ、羽炭に限っていらないだなんて言う事はないと思うけど、それでも躊躇してしまったのは致し方ない。
…だけど、それはそれだよな!普通に俺の選んだ着物を羽炭に着てほしいしな!なんて強い意志を持って羽炭と共に店に取りに行った矢先の事で。
「羽炭?」
この店の女将さんから着物を受け取った際に、かわいい奥さんですねって言われて俺たちは夫婦に見えてるのか、なんて
浮き足立つがままにきっと帯締めを見ているだろう羽炭を振り返る。…が、帯締めや小物が並ぶ陳列棚の周辺に赫灼色の頭はいなくて。
きょろきょろと探し回って、そうしたら店の外に見慣れた後ろ姿を見つけて駆け寄ろうとした時に見えた白無垢の花嫁に、どきり、心臓が妙な音をたてる。これはきっと、綺麗だからとか、花嫁が美人だったからとか、そんなんじゃない。
罪悪感と、いつまでも踏み出せないでいる俺に現実を突きつけられるようだ。
花嫁を見つめる羽炭に声をかける事を憚られた。だって、いつまでも待たせてしまってる。
彼女に好きだと告げて、早四年。その時間は、俺が羽炭に結婚してほしいと面と向かって言えなかった年月でもあるのだ。
「(…馬鹿野郎)」
ぐしゃり。ついさっき受け取った着物が包まれてある風呂敷に皺がよる。
母親と手を取り、目の前を歩く花嫁を見つめる羽炭が遠のいていく錯覚に陥る。いつまでも“結婚してください”と言えない俺に愛想をつかしてしまうんじゃって思ったら、気付いたら俺は縋るように羽炭の手を掴んでいた。
「ど、どうしたの?そんなに焦って…」
口を開いて……すぐに閉じる。だって、なんて言えばいいか分からない。「ごめん」かろうじでそれだけが口をついて出た。頼りない謝罪の言葉だ。羽炭はきっとそれが聞きたいんじゃないだろうに、余計に焦らせたみたいで穏やかな音が揺れた。
あぁ、違うんだ、違うんだよ羽炭…俺は…
「……ずっと」
「?」
「ずっと……羽炭を待たせてしまっている…」
ちょうど目の前を横切る花嫁を視界の隅に捉えながら、俯く。
…自信がないんだ。ちゃんとしなきゃって、けじめをつけないとって思うけど、俺ってばこんなんだからさ。この年齢になっても未だに任務が来たら怯えるし、逃げたくなるし、泣きますし。
だから、ちゃんと羽炭の事を俺が幸せにしてあげられるのかって考え出したらたった数文字の言葉さえ出てこない。
…もう、何年も待たせてしまってるんだ。女の子を待たせるとか、最低だぞ…
「善逸は善逸のペースでいいんだよ」
べちん!と、不意に両頬に手が添えられた。勢いがよすぎて若干ひりひりしたけど、羽炭の目を、困ったように眉を下げながらも、赫灼色の瞳の中に揺らめく慈愛の色を見つけてしまったらそんなもの気にならなくなった。
「何か心残りがあるのなら、それがなくなるまで私はいつまでも待ってるよ」
「羽炭…」
「ゆっくりでいいから。ね?」
羽炭はきっと気付いている。俺が焦っている事も踏ん切りがついていない事も。こんな事、想い人にバレてちゃ世話ないだろうが…隠すのならちゃんと隠せよ俺…。自分で自分に叱責。
結婚して、だなんて、昔はあれほど言いまくってたのになんで今になって言えなくなるんだよ。アホでしょ本当に。…だけど、当時の俺はそれほど結婚というものを軽んじていたという事。
羽炭の隣は俺でありたい。そう思うのに、こんな俺と一緒になるより羽炭にはもっとふさわしい人がいるんじゃないかって思ってしまう。馬鹿だ、俺は。
羽炭を想うこの気持ちに嘘はない。…だけど、だけどあと少しだけ、どうか待って。胸を張って、羽炭にちゃんと言えるようにするから。