×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
十二




「は、羽炭…!?なんでここに…」


瞠目する善逸を視界に入れながらつかつかと部屋に上がり込む。善逸の目の前まで歩き、胸ぐらを掴みあげ……


ーぱぁーんッ!


頬めがけて振り上げた手を思いっきり振り抜いた。


「えッ…えぇッ!!?ちょ!!羽炭さん何してんですか!?善逸さん怪我人ですよ!?」

「清」

「来て早々引っぱたかなくても…!」

「清」

「はッ…」

「少し、出ててもらえる?」

「ッ…は、い…」


清がたじろぐ気配を感じた。後ろ髪引かれつつも清が部屋から出て行ったのを横目に、胸ぐらから手を離す。呆然と私を見上げる善逸は、どうして自分が引っぱたかれたのか分かっていない顔だった。…いや、多分本当に分からないんだろう。なぜ私がこの村に来ているのかも含めて。

私がここに来た…いいや、来れた理由はただ一つ。正一から受け取った一通の手紙だった。あれは清から私へと宛てられた手紙で、任務が難航している事、村の状況、場所など、そして、善逸が大怪我を負った事、私には内緒にしているように言われたけど、自分は知らせるべきだと思って鴉を飛ばした事が記されていた。


「……んで」


善逸を叩いた手が痛い。叩かれた善逸もきっと痛いだろう。私が善逸に手を上げるなんて、多分初めてだ。


「なんで…」


あぁ、胸が痛い。視界が滲んで、善逸がぐにゃりと歪む。泣くな。泣いたらダメだ。そう自分に言い聞かせるも、どういう訳か涙腺は言う事を聞いてはくれなかった。次から次へと溢れて、足元に落ちて、そうしたら善逸がぎょッ!と目を剥いた。


「なんで、何も言ってくれないの!!怪我してる事も、今どういう状況なのかも!!」

「はッ…」

「いつもそうだ!!いつも善逸は私に何も言ってくれない!!頼ってくれない!!」

「ち、ちが…そうじゃなくて…!」

「心配さえも私にさせてくれないの!?私の目がこんなんだから…?だったら私は…!」

「違う!!」


今度は私の腕が思いっきり引かれた。踏ん張りも何もしていなかった私の体はいとも簡単に前に倒れ込み、だけど畳に体を打ち付ける前に善逸が私を掻き抱くように抱き締めた。
自分も大怪我してて痛いだろうに、それでも私の背中に回す腕を離さない。「離して…」自分でもびっくりするくらい震えた声が出た。「離さない」善逸は力強く、言い聞かせるように耳元で呟いた。


「内緒にしようとしたのは、ごめん…羽炭に心配させたくなかったんだ」

「帰って来て早々に蝶屋敷に入院するって聞く方が心配する」

「う"ッ…ま、まぁ…そうなんだけど…」

「…私は、頼りない…?」

「そんな事ない!すっごく頼りにしてるし、だけど、やっぱり心配なんだよ。毒と言っても鬼の毒だし、もし何かあったらって思ったら気が気じゃないんだよ…」

「それは私も同じ事。…何度も言うけど、目は色が変わっただけで見え方に支障はないんだって。カナヲだって言ってたでしょ?私は、私の知らないところで善逸がいなくなってしまうのが、怖くて怖くて仕方がないんだ…」

「羽炭…」


あぁ、そっか。私はきっと、拗ねていただけなのかもしれない。自分だって柱で、戦える力があるのに戦いから遠ざけられて、なおかつ大切な人が怪我をしているのも知ることなく過ごしていた事に拗ねて、恐怖して、怒って…

善逸やお館様、カナヲたちが心配してくれているのは分かる。分かっている。だけど、やっぱり私は皆の隣で同じように戦っていたいんだ。


「私はいつも、善逸の無事を祈ってる…けど!!やっぱり心配だから…帰ってきてほしいから…私だって戦えるのに、戦いから遠ざけられるのは…辛いよ…」


善逸の肩口に顔を埋めると、私の涙を善逸の隊服が吸い込んでいく。瞬く間に色を変えるそれに申し訳なさを感じながら、だけど久しぶりに感じる善逸の温もりと匂いに包まれて、少しだけ、少しだけど静かに目を閉じた。





「殴ってごめんね…痛かったでしょ…?」


ひとしきり泣いて落ち着いた頃、私が引っぱたいた頬に手を添えて聞けば善逸は困ったように笑った。


「ううん、大丈夫」

「…ねぇ善逸、この村の鬼は私が倒しに行くよ」

「…やっぱり羽炭はそう言うと思ってた」

「…わかってたんなら、これからはもう内緒とかやめてね」

「できるだけそうする」

「善逸」

「だって…」


ぶす、と頬を膨らませる善逸だけど、私にも柱としての意地がある。私がここへ来た経由がどうであれ、来てしまって尚且つ事情を知ってしまったのなら動かないわけがない。「じゃあ、行ってくる」そして、これ以上この村人たちが罪を重ねないよう、今日この日で全てを断ち斬ってみせるのだ。


「羽炭」

「何……んッ、…!」


立ち上がろうと足に力を入れる寸前、素早く私の唇を何かが掠めて、きょとり、目の前の善逸を見上げた。


「頼んだぜ」

「!…うん、任せて」


今度こそ立ち上がった私は部屋を飛び出し、鬼が住処としているらしい朽ち果てた社へ足を向けた。





***


社は、村からそう遠くない場所にあった。鬱蒼と生い茂る森の中にぽつねんと、まるで時の流れに置き去りにされたような風貌だった。


「(昔はさぞかし立派な建物だったのだろう)」


近くの茂みに身を隠し、様子を伺う。すん、鼻を鳴らしてみれば、青臭い森の匂いに混じって鬼の匂いが確かにした。いる。あの中に鬼がいる。しかも、匂いが随分と強いから今までたくさんの人間を食ってきたんだろう。
唇を噛み締め、刀に手を添える。

……それと同時に、その場から大きく飛び退いた。


ードゴォッ!!


今の今まで私がいた場所が大きく抉り取られる。すかさず刀を抜き、息を吸った。


ー水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き


初見の一手は見事に躱されたが、だからといって追撃をやめる私ではない。手首を返し、振り返りざまにもう一手。


ー肆ノ型 打ち潮


波打つ水の音は枝を斬り落としただけだった。月明かりの影の中に身を落とした鬼は、どうやらそこから様子を見ているようだった。爛々と光る赤い目が不気味に揺れている。


「お前があの村から生け贄を受け取っていた鬼か?」


問いかける。が、当然ながら返答は来ない。何かぶつぶつ言っているような気はするけれど、あまりにも声が小さすぎて聞き取れない。
意思疎通ができない類…?いや、生け贄を受け取っていたくらいだから会話の一つや二つできるだろう。ならばあいつは、昔私が対峙した泥鬼と同種…?


「……ぃ」

「?」

「…こ、も…ぃ…ない…」

「ッ!」


一瞬にして間合いを詰めてきた鬼は大きく腕を振り上げた。咄嗟に後ろに飛び退き、再び冷えきった空気を肺に満たすべく息を吸……おうとして、ぐにゃり、突然視界が歪んだ。


「(えッ…?)」


戸惑い、だけどどうにか鬼の攻撃を躱したものの、どういう訳か視界はぐるぐると回ったままだ。…いや、視界だけじゃない、耳も、キィンッと甲高い音が鳴り響いていて、五感全てが乱雑に掻き回されているみたいだった。

はッ、と気付くと同時に体を捻る。が、鬼の爪が肩を引き裂き、視界の端で鮮血が噴いた。

思わず膝をつく。一体何をした?何をされた?鬼は血鬼術を使った素振りはなかった。数回打ち合った程度だ。ならばいつ……

ふと、月影の中から光る赤い目を思い出した。もしかして、あの目を見つめたから…?


「お前、は…」


気持ち悪さに耐えていると、不意に鬼が口を開いた。


「お前は…俺の、娘か…?」

「いいや、違う。私はお前の娘なんかじゃない。私はお前を倒しに来た」

「娘じゃない…娘じゃないのか…違うのか…」

「ッ!」


咄嗟に地面に転がった。怒涛の追撃をどうにか捌くものの、視界は未だにぐるぐると回ったままだ。突如として様子の変わった鬼は、さっきまでと違って攻撃に遠慮がなくなった。私が娘じゃないと答えてからだ。…もしかしてこの鬼、自分の娘を探している?……いや、だとしても、私が鬼を倒す事には変わりない。

落ち着け、落ち着け。視界が揺れても、耳が聞こえなくなっても、五感を全部掻き回されたとしても、大人しくやられる理由にはならない。


……息を吸った。


乱れた呼吸を整え、今度は灼熱を呼び込んだ。焔が弾け、炎が揺らめく。

ばづんッ!右の鼓膜が破れた。


ー日の呼吸 壱ノ型 円舞


炎の軌跡を残しながら、刀を鬼の頚目掛けて振り抜いた。断面から血が噴き出し、少し離れた場所に鬼の頭が地面に落ちたのを横目に地面に倒れ込む。何にせよ、少しでも気を抜けば吐いてしまいそうだ。


「善逸が、手こずるわけだ…」


耳のいい善逸なら、なおのこときつかったんじゃないだろうか。ガンガンと響く頭を押さえつつどうにか起き上がろうとして、ふと、なんとも言えない悲しい匂いがした。


「どこ、だ…どこにいるんだ…」


その匂いはさっきの鬼のもののようで、ぼろぼろと崩れながらも、しきりに何かを……否、娘さんを探していた。
もしかして鬼が村の人たちに若い娘を差し出させていたのは、自分の娘を探すためだったのだろうか…


「…娘さんを探しているの?」

「そうだ、俺の娘…どこかへと消えてしまった。ずっと、ずっと探していた。村の人が、娘を連れてきてくれると言った。けれど、誰も彼も違う娘だ」

「…あなたの娘さんはここにはいない。ここじゃない、きっとどこかで…」

「あぁ…そこにいたのか…」

「え?」


鬼が見ている方に目を向けるけれど、そこにはぽっつりと佇む古びた社があるくらいで、娘なんていなかった。私には彼の娘さんが生きているのかも死んでいるのかもわからないけれど…あぁ、だけど、もしかしたら彼には見えているのかもしれない。ずっと探し続けていた娘さんの姿が。


「ずっと、会いたかった……香耶…」


そう言い残して、鬼は灰となって月夜の中に消えた。