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十一




「では、いってまいります!」

「うん、頑張ってね」

「はい!」


そう言って蝶屋敷へと赴いたてる子を見送ってから1週間が経った。あの子は元気だろうか。ちゃんと学べているだろうか。頑張りすぎて無理をしていないだろうか。…心配事はたくさんある。けれど、カナヲがついているのだからきっと大丈夫だ。

今、鳴屋敷には私と正一の二人しかいない。だからと言って生活がなにか変わるかと聞かれれば、別段そんなことはなかった。何かあったとすれば、その間に舞い込んできた任務に私と正一で赴いたくらいだろうか。


「……善逸と清、遅いな」


善逸と清が任務に赴いてからというもの、3週間が経とうとしていた。伝えられた場所が僻地にある、というのも理由の一つだけれど、それにしては随分帰ってくるのが遅い。…私たち鬼殺隊が相手にしているのは鬼。事が予定通りに運ばないのは当たり前ではあるのだけれど…


「それにしても、遅い…」


何か問題でもあったのだろうか。善逸は普段あんなだけど、油断したり、相手を侮る、なんて事は万が一にもない。…だけど、なんだ、この言いようのない胸騒ぎは。


「羽炭さん!」

「正一、どうしたの?」

「こ、これ…」


かさり。正一が差し出したのは一枚の手紙だった。さほど大きくないそれは鴉の足に括られていたものだろう、広げて、内容に目を通して…ぐしゃり、思わず握り潰してしまった。


「これは、誰から?」

「き、清兄ちゃんです…」

「そう」


踵を返し、自室へと戻る。「あの、羽炭さんッ…!」後ろから慌てて正一がついて来て、私の着物の袖を掴んだ。


「善逸さんを怒らないであげてください…多分、羽炭さんに心配かけたくなかったんだと思います。だってあの人は本当に…」

「わかってる」

「ッ、」

「…わかってるよ、正一。本当に、どこまでお人好しなんだか」

「…そうですね」

「だからといって、こういう事を隠されるのはいくら相手が善逸だろうと…いいや、善逸だからこそ腹が立つ。…そんなに私が頼りないのかなって、思ってしまうんだ」


善逸の事だから、きっとそういう事を思って内緒にしていたわけじゃないんだろうけど、それとこれとは別問題だ。
だから、私が善逸を怒るか怒らないかはその時の状況による、かな。
今度こそ自室に足を踏み入れ、着物を脱ぎ捨てる。手早く隊服を着込んで、立てかけている刀をベルトに差し込んでから、今となってはお守り代わりである市松模様の羽織に腕を通した。


「ちょっと出てくるね。その間、留守をお願いしてもいい?」

「任せてください。羽炭さんも、どうかお気を付けて」

「ありがとう。…じゃ、行ってくる」


静かに全集中の呼吸を繰り返した。地面を踏みしめ、力を足だけに溜めて…一気に爆発させる。びゅんびゅんと景色が後ろに流れていくのを横目に、脳内で目的地の最短距離を思い浮かべながら夕暮れの山を走り続けた。


「(どうか、どうか無事でいて…!)」





***


しくじった、と思う。いや、これは完全に俺のミスだ。


「ぜ、善逸さん…!動いちゃダメです…!まだ休んでないと…!」

「けど……う"ッ…」


上半身を起こそうとした俺を清くんが慌てて布団に押し返した。


「清くん…増援、来てくれそうって…?」

「数刻前に鴉を飛ばしました…!早ければ、日が昇る前には…」

「それじゃあダメだ…!早くしないと、また…ッ…」

「だから、善逸さんは起き上がっちゃダメなんですってば!俺を庇って脇腹抉られてるのに…!」


動いた際に抉られた脇腹がじくじくと痛んだ。応急手当はした。呼吸での止血が早かったおかげで失血多量、なんて事はなかったけれど、ほんと…超絶痛い…

…俺たちが任務で向かったのは僻地の村だった。町から隔離されたような村だったけれど、それでも村人たちは突然訪れた俺たちを嫌な顔せずに迎え入れてくれた。村人たちからも嫌な音がしないから情報収集なんかもやりやすくて………だから、俺たちは気付かなかったんだ。


「あの、外道がッ…!」


あの村で人が行方不明になり始めたのは二年前。いずれも若い女の子たちで、そのうちの一人はつい一昨日消息を絶っている。この村を案内してくれた子だからよく覚えている分、どうして助けられなかったのか心底悔いた。
一昨日ようやく鬼の尻尾を掴んで対峙したものの、鬼から聞かされた村の真実と、あまりにも惨い事実に絶句した瞬間を鬼にやられてしまった。

この村は、若い娘を鬼に生け贄として差し出す事で、鬼から襲われないよう約束を交わしていたのだ。村に行方不明者が多数出ているのにも関わらず、あんなにもよそ者を受け入れるから変だと思ったんだ。


「清、くん…村長は、なんて言ってた…?」

「……やめないそうです。娘たちを鬼に差し出すのは悲しいけれど、自分たちが生きるためにはそうするしかないと…」

「くそッ…!」


わかってる。わかってるんだ。あの村の人たちだって生きるのに必死なんだって。じゃないと鬼に殺されてしまう。…だからと言って、まだ成人すらしていない子たちを殺していい理由にはならない。…未来があった。きっと、やりたい事、なりたいもの、たくさんあっただろうに。
ちらり、清くんを見上げる。今までに生け贄として差し出した女の子たちのほとんどが、清くんと同じくらいの子たちなんだそうだ。

…終わらせないといけない。この腐った連鎖を。次にこの村で生まれるであろう子供たちのために未来を、俺が作ってあげないと。

なのに、無様にも鬼に脇腹を持っていかれてこのザマだ。増援を待っていては鬼が逃げてしまう。それか、逆上してこの村を滅ぼしにくるかも。それだけはダメだ。この村は今まで何人も殺してきた村だけど、それは生きたいと願うから故。だから、絶対に死なせない。生かして、今まで行ってきた罪を償ってもらう。

…本当は俺の代わりに清くんに行ってもらうつもりだったけれど、多分……いや、確実に清くんじゃあいつは倒せない。


「ッ"…!」

「だから、ダメですってば…!蝶屋敷にも鴉は飛ばしています、だから…!」

「大人しく寝てる場合じゃない…!俺が、やらないと…!」

「善逸さん…!」


脇腹から走る激痛を無理矢理押し込めて、清くんの制止の声も無視して起き上がろうとした瞬間、すぱんッ!!と勢いよく襖が開いた。「へ…?」間抜けな声が滑り落ちる。だけど、襖の向こうから現れた揺れる赫灼色に、なんで、と目を見開いたのだった。