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「………善逸」

「やだ」


名前を呼べば間髪入れずに飛んでくる拒絶の言葉にはぁ、と深く息を吐いた。「善逸さん…」心底参った、と言う匂いを…いや、匂いを嗅ぐ間でもなくありありと顔に浮かべた清がぼやく。いや、無理もない。だって今私の腰に全力でしがみつく善逸はまるでひっつき虫だ。

…まぁ、善逸がこうなったのには理由がある。最近多忙を極める善逸は本来ならば今日から数日ほど休暇を与えられていたのだ。しこたまだらだらして私に甘えるのだと、清たちがいるのにも関わらず大声で宣言していたのは記憶に新しい。だけど、ほんの少し前にチュン太郎が善逸と清宛に緊急任務を持ってきたのだ。
慌てふためくチュン太郎の様子から急を要する任務だという事は善逸もわかってはいるんだろうけど……


「絶ッッッ対行かないからッ!!」


…なんにせよ、さっきからずっとこの調子なんだよなぁ…


「なんで!?なんでなの!?俺今日から休み!!念願の!!纏まった休みなわけ!!今まで任務続きだったのがようやく羽炭とイチャイチャできると思ったのにどういう事なの!?」

「善逸!」


継子たちがいる前でなんて事を言うんだこのたんぽぽは!!
思わず声を荒らげてしまったけど、当の本人はお構いなし。善逸の言葉を聞いたてる子たちの目のなんと冷ややかな事。そんな視線を一身に受けているのにも関わらず、私に抱きつくのをやめない善逸は猛者か何かか?
なんにせよ、いつまでもこうしているわけにはいかないだろうに。柱が緊急招集されるって事は一般隊士が対処できないって事だから早く行かないと。


「善逸さん、いつまで駄々こねるつもりですか!これ以上清兄ちゃんと羽炭さんを困らせないでください!」

「だって…!だっててる子ちゃん…!」

「だってもへってもありません!ほら、しっかりしてください!わたしたちだって羽炭さんに稽古見てもらうんですから!」

「イィヤアア"ア"ア"ア"!!」


私から善逸を引き剥がすべく羽織を力いっぱい引っ張るてる子だけど、いかんせん善逸の方が力は強かった。…というか、このままだと破れる。私の着物が。

…はぁ、仕方ないなぁ…


「清、チュン太郎と一緒に先に行っててくれる?」

「え?でも…」

「大丈夫、すぐに追いつかせるから。正一とてる子は稽古始めててくれる?」

「…はい」

「わかりました」


それぞれにそう伝えると清は後ろ髪引かれつつ、正一とてる子は若干不服そうな顔をしつつも困惑しながらこの場から離れて行った。
……さて、と。


「善逸」


ぽすり、たんぽぽ頭に手を乗せると善逸は小さく肩を揺らしたけれど、それに気付かないふりをしてゆっくりと頭を撫でる。善逸の肩から力が抜けたのがわかった。「善逸」もう一度名前を呼んだ。そうすると、私の腰に回る腕に僅かに力がこもった。


「…任務に行くの、まだ怖い?」

「…当たり前だろ。というか、怖くないやつっていんのかよ…」

「多分いないと思う…」

「ほらぁ…」

「だけど、善逸を待ってる人もきっと同じ気持ちなんだと思うよ」

「…………」


ずるい言い方だってわかってる。だって、これじゃあ半分脅してるような言い方だけど、私は善逸に後悔してほしくない。


「ね、善逸」

「う……わ、わかったよう…行くよぉ…」


彼のべっこう色の目玉からは未だに涙は止まらない。それでもようやっと私の腰から手を離したのを見て、もう大丈夫だなって確信できたのも事実。
…昔よりずっとずっと強くなっているのに、善逸は変わらず任務に行くのに渋るし、駄々をこねる。だけど、その駄々をこねる理由の一つが私でもあるのだからなんだか不思議な感じだ。

ようやっと立ち上がった善逸は未だにすんすん鼻を鳴らしている。泣き虫は相変わらずだ。そんな泣き虫さんにはおまじないをしてあげよう。
ぐいッと襟首を掴んで引き寄せる。驚いたように目をまぁるく見開く善逸を至近距離で見ながら、私は彼の唇に自分のそれを押し付けた。


「………………」

「ちゃんと無事に帰って来れますようにって、お、おまじない…」

「おまじない…」

「ちゃんと任務を終わらせて帰ってきたなら、もう一回してあげるね」

「俺頑張るッ!!」

「わッ!」


ぎゅーッ!と真正面から急に抱きしめられてすっごいびっくりした。そしてさっきとは打って変わって、鼻息荒く足取り軽く(スキップしてる)任務へと繰り出した善逸は「約束だからね!!絶対だからね!!帰ってきて忘れてましたとか言われたら俺本当に泣くかんね!?」と再三念押ししながら持ち前の脚力で先を行くであろう清と合流すべく走って行った。

…なんだか、嵐が過ぎ去ったようだ。口付け一つであそこまでやる気を出してくれたなら、恥ずかしいをしまい込んだ甲斐がある。


「…頑張ってね、善逸、清」


もうすっかり見えなくなった2人の影を玄関から見つめていると「カァー」とどこからともなく私の鎹鴉が肩に止まった。


「…私には任務ないの?」

「羽炭、待機命令!今シバラク待機!」

「そっか」


善逸が多忙になるのに反比例して、私はここ最近ずっと待機命令を出されている。別にどこか悪いとか、病気だとか、そんな事はない。至って正常で、鬼とだって問題なく戦える。…だけど、現お館様の輝利哉様は私を任務に行かせたがらない。…いや、これには語弊がある。
4年前、無惨との戦いの時に受けた右目の負傷を心配してくださり、私にあまり単独任務がいかないようにしているのだ。右目に関しては若干見え辛いものの、夜目だってきくし機能的には問題ないんだけど…


「心配性だなぁ…」


ばさり、鴉が羽ばたく。空を数回旋回したのち、青い空の中に溶けていった。
心配してくださるのはとても嬉しいし、お心遣いに感謝しかない。…だけど、私は柱なのだ。一柱を任されたからには責務を全うしたいし、何より、私一人が待機することによって誰かへ負担が伸し掛るなら柱である意味なんてない。お飾りの柱にはなりたくないんだ。

目を閉じれば鮮明に思い浮かぶ、私の大切な人たちの顔。錆兎、真菰を初めに、私を鍛えてくれた鱗滝さん、道を指し示してくれた煉獄さん、そしてーー


「(炭治郎…)」


彼らに胸を張って柱になったんだ、と言えるような、そんな人間でありたいと願うのは私の我儘だろうか。