私の家には妖怪が住み着いている。
「こら、暴れないの」
妖怪と言いつつも、誰もが想像するおどろおどろしい怪物だったり、後頭部が長いおじいちゃんだったりするわけではない。ふわふわの大きな尻尾、ぴくぴくと小刻みに揺れるまぁるい耳、そして、私の腰ほどの背丈しかない人畜無害そうなこの子は狸の妖怪なのだそう。そんな彼…炭治郎を拾ったのは、実家に帰省した時、近くの山を散策していたら罠に足を挟まれているのを見つけたところから始まる。それからまぁ、懐かれて、ついつい家に連れて帰ってきてしまった訳ですが。
「ふふ、だってくすぐったいから」
初めこそ妖怪だなんて信じてなかったけれど、まぁ、実際に目の前にいるし、色んなものに化けるのを目の当たりにしたんじゃ信じる他ない。そもそも、わたしの地元は昔からそういう手の話が多かった分あっさりと受け入れちゃったよね。
ふわふわの尻尾をブラッシングしていると、くすぐったそうに笑う炭治郎が振り返る。その時に不思議な模様な耳飾りがからん、と音を立てた。
「はい、おしまい」
「ありがとう!俺、君に尻尾を梳かしてもらうのすごく好き!」
「そう?」
ごろごろ、ごろごろ、まるで猫みたいに私の膝で寛ぐ炭治郎の頭を撫でる。うーん…時々この子が妖怪であることを忘れそうになるなぁ…
目が合うとにっこり笑う炭治郎に胸がきゅーん、と鳴る。かわいいなぁ…
可愛らしく甘えてくれる炭治郎ににこにこしていると、私の心情を見抜いたらしい炭治郎がムッとほっぺを膨らませた。だからね、そういうところが可愛いんだって。
「…俺は可愛くない」
「そうやってムキになるのが可愛いんだよ」
「じゃあ…」
「おわッ…!!」
ぼふん!!唐突に炭治郎が爆発した。慌てふためく私をよそにもくもくと立ち込める煙。呆然としていると、私に伸し掛る重量感が増したような気がした。「ッ…!?」その重さに耐えきれずに床に転がった私の上に、大きな影が覆いかぶさった。
「んな…な…え…!?」
私を見下ろす赫灼の瞳。どこかじんわりと熱を灯すそれがゆるりと弓なりに細まって、今まで触れ慣れた小さな手じゃない、大きな男の人の手が頬を滑った。
「これでも俺の事を可愛いって言えるのか?」
なんでいきなり大きくなったのとか、そんな姿初めて見ましたけどとか、あの子供の姿が本来の姿じゃなかったんかいとか、思う事は色々もろもろたくさんあるけれど、とりあえず…
「どいてくんない…?」
「俺の事を可愛いって言ったのを訂正するなら、考えなくともないよ」
「つまりそれはどく気がないって事でしょうが…」
「さぁ?どうだろう」
君のおかげで、この姿になれるまでに力が戻ったんだ。だなんていけしゃーしゃーと言い放つ炭治郎に目眩がした。
こんな青年の姿になれるだなんて聞いてません。知っていたならうちに連れて帰ったりしなかった!!
…だなんて胸中で叫ぶ私ですが、今となっては後の祭りである。