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ずっとずっと夢見ていたの。連載当初から大好きだった漫画の世界に行けるだなんて夢見たい。
ある日突然神様が目の前に現れて、違う世界に行けるとしたらどこへ行きたい?って聞かれて私は迷うことなく「鬼滅の刃の世界に行きたい」って願ったわ。あ、もちろん特典はつけてもらった。じゃないと、所詮平和な世界で生きてきた私と彼らとではハンデがありすぎるもの。
最強補正と、逆ハー補正。容姿なんていじらなくとも私はかわいいから、そんな補正はいらない。
最強補正のおかげで順風満帆な日々を過ごした。柱にだってなれて、毎日柱の皆に囲まれた生活が楽しくて楽しくてしょうがない。ちやほやされて、“私”と言うたった一人を取り合う皆の仲介に入る。あぁ、幸せ。私、きっとこの時のために今まで生きてきたんだわ。

…けど、だけど、たった一つ。たった一つだけ誤算があった。私だけの世界に入り込んできた愚かなお邪魔虫。


「あ、夢柱!こんにちは」

「……」


虫。病魔。紛い物。偽物。あげればキリがない。花札みたいな耳飾りのあの子、炭治郎じゃない、あろう事か、成り代わり主。

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!?

ここは私しかいないんじゃなかったの!?この世界には私だけで充分なはずでしょ!?なのになんで成り代わり主なんでいるの!?かわいい善逸や顔のいい伊之助、優しい炭治郎に囲まれて、取り合われて、そうなるはずだったのに!!!


「人殺し」

「えッ…」


言われた意味がわからない、と言わんばかりに眉を顰める偽物に腹が立つ。白々しい。よくもそんな顔ができたわね。


「あんたは人殺しよ。そこはあんたがいていい場所じゃない。いるべき場所じゃない。そこは炭治郎の居場所で、その体も、耳飾りも、何もかもが炭治郎のものであったはずなのに!!あんたが炭治郎を殺したのよ!!」


そう糾弾すれば、偽物はひどく傷付いた顔をした。そんな顔をすれば許されると思っているのかしら。いいえ、許されるはずがない。あんたは炭治郎を殺した報いを受けなければいけない。じゃないと、炭治郎がかわいそうだわ。

すらり。日輪刀を抜き、切っ先を偽物に向ける。待ってて、炭治郎。私がこいつを殺して、あなたを助けてあげる。そうすればあなたはこの体に戻ってこれるでしょ?
刀を振り付けば、偽物は避ける。けど、私は柱な上に最強補正の特典がついているのよ?あんたの動きなんて所詮虫と同じ。
避けるばかりで刀を抜かない偽物に足払いをかけ、地面に転がす。肩を踏み付け、その首目掛けて刀を振り下ろす。


「何やってんの?」


…振り下ろす前に、ここにいるはずのない声が聞こえて体が硬直した。


「何やってんの?」


もう一度彼…時透無一郎が言う。振り上げた刀をそのままにゆっくり振り向いて、笑う。


「やだなぁ、無一郎くんったら。何もしてないよ?ただ、この子があまりにも貧弱だから、私直々に稽古をつけてあげてたの」

「真剣で?」

「えぇ。その方が実践的でしょ?」

「ふぅん、面白そうだね」


無一郎くんが笑う。そうでしょう、そうでしょう?とっても面白いのよ。いらないものを片付けるのは面倒だけど、炭治郎のためを思えば苦じゃない。無一郎くん、炭治郎が大好きだったものね。なら、一緒にこの偽物を殺して炭治郎を連れ戻しましょう?

無一郎くんが刀を抜いた。偽物の顔は真っ青。いい気味。「と、時透くん…」やめて!炭治郎の顔で、体で!!お前が喋るな!!
ねぇ無一郎くん早く殺して早く早く早く早く早く早く早く早く早く…


ーがきんッ!!


鈍い金属音が響く。弾き飛ばされたのは、私の刀。遠くの方に飛ばされて、地面に刺さる。
無一郎くんは、偽物を背に庇うように私に刃の切っ先を向けていた。


「む、無一郎くん…?どうして…」

「どうして?馬鹿な事を聞くんだね、お前は。僕はただ、やりたいと思ったことをやっただけ」

「時透くん、私は…!」

「名前うるさい。この女となんの因縁があるのかは知らないけど、情けなさすぎるんじゃない?…今の僕があるのは名前のおかげなんだよ。だから君が窮地にいれば助けたいし、守りたいって思う。余計な事考えないで」


ほろり。偽物から涙。
あぁ。あぁ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


「ダメよ!!ダメよダメよダメよダメよダメよダメよダメよダメよダメよ!!!そいつは人殺しなの!!この世界にはいるべきじゃない!!いてはいけないの!!かわいそうな無一郎くん、その偽物に洗脳されているのね!!大丈夫、私が解放してあげる、助けてあげる、救ってあげる!!だって私は…!!」

「あんた、本当にうるさい」

「は、…」

「てか、頭おかしいんじゃないの?何?偽物とか、洗脳とか。馬鹿みたい。僕にとって今ここにいる名前は紛れもない本物だし、たとえ僕が名前に洗脳されていたとしても、名前なら僕は大歓迎」

「時透くん、ちょっとそれは…」

「本心だから。…僕の事は僕が決める。未来も、運命も、あんたのものじゃない。何を知って何を思ってあんたがそんなくだらない事口走ってるのかは興味の欠片すらないけど、これだけは言える。…………それ以上、僕の恩人を侮辱するな」

「ひッ…」


愛も、恋も、甘い感情の一切を削ぎ落とした敵意の目に引き攣った声が漏れる。
一歩、後ずさった。瞬間。


「な、何よ…!何これ…!!」


私の体の至る所から、小さな光の粒子がこぼれる。そして徐々に、体の末端から崩れて、粒子になって消えていく。
不意に頭の中で私をこの世界に連れてきた神様の声が響いた。時間切れ。違法行為。などなど。馬鹿じゃないの?そんな事一言も言ってなかったじゃない!今更何なの!?私はまだ愛されたりない!!それに、炭治郎の仇もまだ打てていないわ!なのに、こんな所で終われるわけ…!


「夢柱!」


偽物が私に向かって声をかけてきた。何、私を笑おうっていうの?散々責めた挙句に無様に消える私を笑いたいの!?ならそうすればいいじゃない!!


「あなたが何者かはわかりません。けど、あの子を知っているのなら、きっとあなたは私と同じなんだと思います」


私がお前と同じですって!?ふざけないで!!私はお前なんかとは違う!!


「たしかに、私はあの子の存在を奪ってしまった。未来も、運命も、何もかも。…けど、他の誰でもないあの子が、生きろと、ありのままの私でいてもいいと背中を押してくれました!だから私は、誰に何を言われようと、罵られようと、私は私のままであの子の分まで生きていく!!」


偽物のくせに、なんで、なんで私を見つめるその目は、どうしようもなく炭治郎と同じだった。
何よ、何よ、何よ…!!


「炭治郎が認めても、私は認めないから!!あんたなんか、認めてやんないんだから!!」

「それで、いいです」


そう微笑む偽物に、あぁ、勝てないわけだ、と、ほんの少しだけ晴れた憎しみを溶かして、私は完全にこの世界から消えた。





(執筆2019.11.11)


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