「もーらい!」
「あ、こら!もー、しょうがないな…。ほしいなら言えばいいのに」
そう言って自分のおかずを伊之助のお膳に移動させる名前は、前から思っていたけど甘やかせすぎだと思う。伊之助は伊之助で「子分のものは親分のものなんだよ!」と意味のわからない謎の持論を言ってるし。
「なぁ名前…」
「ちょっくら山に行ってくるぜー!」
「待つんだ伊之助!食べ終わったら“ご馳走様”だ!」
「うるせー炭子!」
「うるせーもたこ野郎もない!言うまで部屋から出さないからね!」
「ちッ…ごちそーさん」
「ん、偉いなぁ」
「…………………ホワホワさせんなぁあああああ!!!」
ずばーん!襖を突き破って外に出て行った伊之助をドン引きの目で見つめた。
「全く、しょうがないな…。ところで善逸、何か言いかけた?」
「いや、別にいいや…」
伊之助の奇行に何言おうとしたか忘れたし…。というか、名前もよくやるよな。まぁ、下に弟妹がたくさんいたらしいし、名前の性格的にあぁいうやんちゃ(そんな言葉じゃ済まないけど)な奴はほっとけないんだろうな。
俺にはよくわからない事だけど、何となく納得する。
………ただ。
「伊之助、髪がびしょびしょじゃないか!ちゃんの拭いたの?風邪ひくじゃない」
「へん、山の王は風邪なんてひかねーんだよ!」
「山の王なら、風邪をひかないよう自分で管理できるものだよ」
わしわし、伊之助の髪を丁寧に拭いてやる名前。
「おい伊之助、自分で拭けよ」
「ふん!」
俺は一体何を見せられているんだ。
いくらほっとけないと言っても、だからってあそこまで甲斐甲斐しく世話焼いてやることないだろ。名前は伊之助を甘やかしすぎなんだよ。
もやもや、もやもや。胸のずっと深いところに黒いものが少しずつ溜まっていく。
「名前、」
「おい炭子、膝貸せ」
「なんでよ。伊之助の頭濡れてるから嫌だ」
「親分命令だ!」
「あ、こら!」
制止を無視して名前の膝に頭を乗せた伊之助。
俺が呼んでも、伊之助の相手に忙しい名前の耳には届かないようで。同じ空間にいるのにも関わらず、それがなんだかひどく寂しくて、面白くない。
ーぼかり。
「いっでー!」
なんだか無性に腹が立ったから、思わず伊之助の頭をぶん殴ってしまった。
「何しやがる紋逸!」
「善逸!何やってんの!ダメだろいきなり叩いたりしたら!」
「うるせー!大体なぁ!ベタベタベタベタしすぎなんだよ猪頭!名前も!嫌なら嫌って突っぱねればいいだろ!何?しょうがないなぁみたいに許容しちゃってんの!?そう簡単に男にホイホイ膝枕なんてするんじゃありません!!」
突進してくる伊之助を避けながら叫んだ。
だって、そうだろ!?何よ膝貸せって!俺だって貸してほしいわ!!膝!!名前に膝枕されて頭なでなでされたいわ!!えぇそうですとも正直に言いますとも!!羨ましいですよ膝枕!!何ちゃっかりしてもらっちゃってんの!?嘘でしょ!?嘘すぎじゃない!?
てゆーか、そもそも!!俺だって同じ空間にいるんだからね!?いますからね!?のけ者みたいにするのやめてくれます!?
「ぜー…はー…」
「「…………」」
今までに積もり積もった胸の内を息継ぎなしで言い切ると、しつこいくらい追い回してきた伊之助はその場で固まり、名前はなんとも言えない顔で俺を見ていた。
だから!!何よその顔!!どういう気持ちなの!?
「お前………やっぱ気持ち悪いな」
「うるさいよ!!」
「ごめん…さすがにフォローしきれない…」
「名前もやめてくれる!?そんな人じゃないものを見るような目!!やだ!!」
俺だってなんであんな事思ったのかわかんないんだから、しょうがないだろ!?
しくしく、しくしく。しとどに畳を涙で濡らす。
わっかんないんだからさぁ…しょうがないじゃん…。だって嫌だったんだもん…名前が伊之助ばかりに構うの…無視すんなよ馬鹿名前…
なんだか泣けてきた。既に泣いてますけど。泣きますけど。喚き倒しますけど。それとは違う泣きたさなの。わかる?
部屋の隅に座り込めば、名前と、珍しく伊之助から戸惑うような音が聞こえる。
「どうしたの?もしかして、任務の時にどこか怪我してた?痛むのなら、今からでも奥さんに言って医者に見てもらう?」
なでりなでり。名前が俺の頭をなでながら言う。全然見当違いな事言ってるけど、名前が俺に触れてるって思うと、さっきまで胸の内にいたもやもやとか、面白くないって思ってた気持ちが全部どっかに飛んていったような気がした。現金な奴でわるぅざいますね。
けど、なんとなく、もっとこっちを…俺を見てほしいって欲が出てくるわけでして。
頭に乗る名前の手を掴もうと動かした瞬間…
「嫉妬か」
唐突な伊之助の爆弾に思わず硬直した俺であった。
「馬っっっっっっ鹿じゃねーの!?馬鹿だろ!!馬鹿でしたね!!お前ほんとデリカシーない!!やだ!!」
「やんのかコラ!かかってこい!」
「かかって行かないっての!あ、おいちょ…行かねーっつってんだろーがッ!!」
再び俺を追いかけ回り始めた伊之助にげんなりしながら、狭い部屋の中をドタドタと走り回る俺たちであった。
「善逸は…弟みたいになりたかったの…?」
喧しく騒ぐ俺たちをよそに、全くもってとんちんかんな事を言う名前がいたとかいなかったとか。
(執筆2019.11.4)
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