思わず二度見した。
任務終わりに蝶屋敷に戻ってきた俺。
単独任務で、今日も死ぬかと思いながら鬼と対峙していると、怯えたおす俺を見かねたのか心優しい誰かが鬼を退治してくれたらしく、気付けば鬼はいなくなっていた。
そんな心身ともに疲れきって、どうにか蝶屋敷へと戻ってこれた俺が見たのは、絶対に美少女であろうと確信できる後ろ姿だった。
何やら宇髄さんと話し込んでいるようだから、宇髄さんの知り合いなのだろうということは分かる。
だが。そう。だがしかし。だとしても!
俺があの子に話しかけちゃいけないだなんて事はないのだッ!!
「宇髄さぁ〜ん」
あはは。うふふ。半分スキップしながら宇髄さんの元へ行くと、二人が振り返った。予想通り女の子の方はめちゃくちゃかわいかった。宇髄さんは心底気持ち悪いと言わんばかりの顔で俺を見てきたが、今の俺はそんな顔なんかで怯むような男ではない!!
「なんだお前…派手に気持ち悪いな…」
「うふふ」
「うわッ」
なおも蔑んだ目で俺を見つめる宇髄さんにさすがに「びきッ」と青筋がたちそうになったけど、まぁまぁまぁ?今の俺は?機嫌がいいですから?気付かないふりをしてあげようじゃないですか。
「それより宇髄さん、こちらはどなたですか?あ、もしかして須磨さんか誰かの妹さんだったりします?初めまして!俺我妻善逸って言いますうふふふふ」
「は?お前何言って……あー…そう言う…クソ、派手に勘違いしやがって…」
「へ?」
ガシガシと面倒くさそうに頭を掻く宇髄さんは、傍らの彼女の背中をぽん、と俺の方に押しやると「ほら、さっさと誤解を解け」と吐き捨てた。
は?へ?誤解?このおっさん何言って…
「あの…善逸…」
「え?」
桜色の唇から紡がれた俺の名前にびっくりして目を剥いた。
え、どういう事…なんで初対面なのに俺の名前知ってるんだろ…はッ…!?ま、まさか…!予め宇髄さんから俺の名前を聞く程俺が好きだったとか…!?そんな嬉しすぎる事ってある!?ないよね!?えッ、てことはこのまま結婚するしかなくない!?結婚だよね!?ねぇ!!
「何一人で盛り上がってやがる。よく見ろ馬鹿が」
「はああああ!?あんたに馬鹿とか言われたくないんですけど!?よく見なくてもこの子がめちゃくちゃかわいい事くらいわかりますけど!?何言っちゃってんのあんた!!俺よりよっぽど節穴…」
「おーおー、そりゃよかったな。だとよ、名前」
「じゃねー、か………………え」
ぽかん。今自分がすっごい間抜け面してるってわかる。だって、え?何?このおっさん今なんつったの?
ぎぎぎ、まるで錆び付いた人形みたくゆっくり振り返ると、顔をこれでもかと言うほど真っ赤にした女の子…もとい、名前(仮)がいた。
…てか、え?名前?嘘でしょ?
改めてじーーッと頭のてっぺんから爪先まで見つめる。
ふわりと風に揺れる長い髪を緩く結び、椿の髪飾り。明るい色の袴姿はどっからどう見てもいいとこのお嬢さんで…けれど両耳に揺れる花札みたいな耳飾りを見て、あ、本当に名前だ。そう思った。
ぶわッ!!理解したと同時に顔面から火が噴くのではと錯覚しそうなくらい顔が熱くなる。
「派手に赤くなってんなよ…じゃあ、俺は戻るぜ。後は二人でよろしくやってろ」
「あッ、宇髄さん、今日はありがとうございました!須磨さんたちによろしくお伝えください!」
「おー」
片手を軽く上げて宇髄さんが去っていく。…いや、いや、いやいやいやいや!!
がしッ!俺は勢いよく名前の両肩を掴んだ。
「どういう事!?てか、え!?何!?その格好!!なんでそんな格好してんの!?」
「ちょ、落ち着いて善逸…!」
「落ち着けるかッ!!あんのおっさん…名前にこんな格好させるなんて変態か!?変態の境地なのか!?こうなったら俺が…!」
「だから!!おちつけっていってるだろ!!」
「ぶべッ」
ごっちーーーん!!名前の頭突きが俺の鼻に炸裂した。ちょ…めっちゃ痛いんですけど…ねぇ鼻潰れてない…?大丈夫…?ちゃんとある…?
「これは変装と言うか…今日の私の任務が潜入捜査だったんだよ。とある女学院に鬼の噂があって、そこに私と宇髄さんのお嫁さんの須磨さんで調査していたの」
「…さい、ですか…」
「この着物も袴もまきをさんたちが用意してくれてね」そう嬉々として喋る名前だけど、ごめん、今俺ちゃんと見れないかも。
普段の隊服で見慣れているから、その…あれだ。
心の中で誰にと言わず言い訳を垂らしこんでいると、にゅッと名前が顔を覗き込んで来て思わず後ずさった。
「か、髪はどうしたんだよ…!お前、そんな長くなかったじゃん…」
「あぁ、これ?これは付け毛だよ」
「あ、そう…付け毛ね…」
なるほど、と納得。
改めてちらり、名前に目を向ける。普段絶対にしないであろう女の子らしい格好を見ていると、やっぱり名前も女の子だなって再確認した。
だって…え?かわいすぎじゃない?恥ずかしそうにもじもじしてるのがまたいじらしいって言うかさぁ…わかる…?「善逸…」はい!なんでしょう!?
「こ、これ…変、かな…?あまりこういう格好をしないからよくわからなくて…」
どきどき、どきどき。名前の音がこれ以上にないくらい緊張を奏でているけれど、それ以上に自分の心臓の音がうるさすぎた。
あぁ、もう…なんたってお前はさぁ…
名前の肩に置いた両手をするすると滑らせ、そのまま手を取る。途端にまた顔を真っ赤にさせる名前がかわいくて愛しくていじらしくて…さっきまで頭を占めていた結婚やら邪な思考全部が吹っ飛んでいった。
「変じゃないよ。すっごくかわいい。ね、俺にもっとよく見せて?」
「い、いつもそんな事言わないのになんでこういう時だけ…!!」
「だって、知らなかったとはいえ名前だって見抜けなかったのが悔しくて…」
「だからって…!もぉー…!」
顔を覆ってついにうずくまってしまった名前から聞こえる音がすごい。こんなかわいい格好をさせたのが宇髄さんだって言うのは気に食わないけど、まぁ?まぁまぁまぁ?俺は寛大ですから?
「今度出かける時に、今日もみたいな格好してくれる?」
「……考えとく」
またまたぁ、そんな事言いつつも、ちゃんと着てくれるんでしょ?俺知ってんだぜ、名前のそう言う素直じゃないところ。
(執筆2019.10.31)
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