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「…あの、しのぶさん」

「はい?」

「私はこれから任務に行くんです…よ、ね…?」

「そうですよ?」

「なら…」


この格好は一体…。狼狽える私の後ろで裾の手直しをしていたしのぶさんがあっけらかんと言い放った。


「潜入調査ですよ。鴉から伝達されたでしょう?」


私はこれから潜入調査に行く。とある町で花嫁ばかりが失踪するという出来事が相次いでいるから、もしそれが鬼の仕業ならそれの調査及び討伐が今回の任務内容だ。
幸運な事に、花婿さんが藤の花の家紋の家の出身であったため、手紙でのやり取りだけど段取りは存外順調に進んだ。

…進んだのだが…


「まさか私が白無垢を着て花嫁役をするなんて…」

「黒振袖に綿帽子を被るわけにはいかないでしょう。あれなら顔がすっぽりと隠れるから好都合なんですよ」


まぁ、そういう事らしい。
この潜入調査で私は花嫁の身代わりとし白無垢を着る。…いや、わかってる。着なければいけないのは。花嫁を鬼から守るためには戦える私が身代わりになった方が手っ取り早い。…けど、正直な話、こういう形で白無垢は着たくなかったなぁ…なんて。


「さぁ、支度ができましたよ。煉獄さんと一緒に行くのでしょう?」

「はい…」


この任務は煉獄さんとのツーマンセルである。格好が格好なためわざわざここまで迎えに来てくれるそうなのだが、待たせるわけにはいかないと思い直ししのぶさんの部屋を出た。
足元に気をつけながら歩いていると、前方の曲がり角から善逸と伊之助が出てきた。どうやら今任務帰りらしく、若干薄汚れている。


「善逸、伊之助、おかえり。早かったんだね」

「え」


なんか、善逸が急に固まったんだけど。「善逸?」もう一度彼の名前を呼んで目の前まで手をヒラヒラさせると、瞬間、ガシイッ!!と手を掴まれる。びっくりして目を瞬けば、善逸はこれでもかと言うほど顔を真っ赤にさせて鼻息荒く私を見ていた……え?


「運命だよね!?これはもう運命でしかないよねそうだよね!?こんなかわいい白無垢着た子と出会ったって事はもう結婚するしかなくない!?てことで俺と結婚してくだはい!!!」

「ちょ、待っ…」


やばい。何がやばいって善逸のあまりにもすごすぎる勢いに訂正ができない。というからさせてくれない。どうやら善逸は私が名前だと気付いていないらしい。どうしよう…。善逸への対応を考えあぐねていると、ふと今まで伊之助がやたら静かな事に気付く。やかましく騒ぐ善逸を横目に声をかけると、伊之助は「はッ…!」として私を指さした。


「お前、炭子か!!」

「え、名前!?うそ、なんで!?てか、え?なんでそんな素敵な格好してんの!?結婚しよ!!」

「結婚はしない!伊之助、私これから任務だから善逸の事よろしくね!!じゃ!!」


伊之助に善逸を押し付けて逃走した私。背後で「だから炭子だっつってんだろーが!!」「知っとるわボケェ!!だから結婚をぐだぐだ」と何やら喚いているが、まぁ、そのうちしのぶさんに拳骨という名の制裁が加えられることだろう。
なんて、そんな事を思いながら走っていたのが悪かった。またもや角から現れた人物(一瞬善逸が瞬間移動してきたのかと思った…)にどんッ!!と思いっきりぶつかってしまった。


「わッ!」


思ったより勢いよく弾き飛ばされ、挙句に踵で裾を踏んづけた私の視界はぐるんッ!と回る。咄嗟に受身をとろうとしたが、それよりも早くに誰かの手が私の腕を掴んだ。恐る恐るその人を見上げると、私の腕を掴んだのは冨岡さんであった。


「と、冨岡さん…!ごめんなさい、前を見ていなくて…」

「……」

「…あの、冨岡さん…?」


冨岡さんは無言であった。じー、と穴があきそうなほど見つめられて、些か居心地が悪い。
な、なんだろう…てゆーな、どういう気持ちの顔なんだろう…。
困惑したまま冨岡さんと見つめ合う事しばしば。すん、と鼻を鳴らせば、私以上に困惑している匂いが冨岡さんからした。そこでようやく、彼は善逸のように私が名前だとわからない事に気付く。


「あの、冨岡さん…私、名前です」

「…!!そうか…」

「あ、これはですね。今から任務なんです。煉獄さんと潜入調査で…」

「…気を付けてな」

「!は、はい!」


最後まで無表情だった冨岡さんは、そう一言残して去っていった。…やっぱり、あの人はわかりにくい。


いい人なのは知ってるけれど、表情が相まって余計にわかりにくい。…頑張れって事で、いいんだよ、ね…?


「竈門少女ー!!」


冨岡さんが去っていった方向をぼんやりと見つめていると、唐突に玄関から煉獄さんの馬鹿でかボイスが飛んできた。煉獄さんを待たせないようにしようと思っていたのに、そうこうしているうちに先に来てしまったらしい。今度こそ裾に気を付けながら走ると、玄関でしのぶさんと話をしている煉獄さんが…って、あれ?しのぶさんさっき部屋にいたはずじゃ…え?移動すんの早くない?


「れ、煉獄さん…!お待たせしてすみません…!」

「いや、待ってないぞ!俺もついさっき…」


ふと煉獄さんの言葉が不自然に途切れた。「あらあら、じゃあ私はこのへんで」なんてにやにや笑いながら去って行くしのぶさん。「煉獄さん…?」もう一度声をかけると、我に返ったらしい煉獄さんは、まじまじと私を見つめた。


「驚いた…竈門少女、だよな?一瞬誰だかわからなかったぞ…」

「しのぶさんが着付けてくれて…このまま行くようにって」

「ふむふむ、なるほどなぁ」


煉獄さんは少し逡巡したのち、何を思ったか急に私を抱えあげた。いわゆる横抱きのスタイルである。


「れ、煉獄さん…!いきなり何を…!!」

「そのままじゃ歩きづらいだろう?俺が現地まで運ぼう!」

「自分で歩けますから…!」

「よもや、しかし先程、胡蝶にきっと君が転ぶだろうから運んでやれと言われたのだ」


なるほど、どうしてしのぶさん楽しそうにしてたわけだ…。
にやにやと脳裏で笑みを浮かべるしのぶさんを睨みつけていると、ふと煉獄さんが私を見つめている事に気付く。


「煉獄さん?どうかしました…」

「綺麗だ」

「か……へ…?」

「これでは、花嫁を攫う悪い鬼は俺だな!」


はっはっは!と豪快に笑う煉獄さんは歩く足を止めない。私といえば…


「(顔、あつ…)」


自分でも驚くほどにばっくんばっくんとなり続ける心臓を押さえつける。任務前なのにこんな調子じゃ、絶対に何かしらしくじるじゃないか…!
煉獄さんが何か話しかけてくれているが、私はそれに生返事をしながら、煉獄さんに赤くなった顔を見られないよう綿帽子を深く被り直したのだった。







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