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「名前さん、ありましたよー!」

「本当!?」


わっさわっさと背丈の高い草を掻き分けながら炭治郎くんのところまで歩く。「これですよね!」炭治郎くんが指を指す先には、私が求めていた薬草が生えていた。


「名前ちゃーん!こっちにもあるよー!」

「待ってー!こっちの摘み終わったらすぐに行くね!」


少し離れたところから善逸くんの張り上げた声が飛んできた。
今日はしのぶ様に頼まれて薬草を摘みに来ているのだけど、たまたま蝶屋敷に居合わせた炭治郎くんと善逸くんがお手伝いを申し出てくれたのだ。
蝶屋敷にはひっきりなしに怪我人が運ばれてくるから、薬草の消耗が激しいのだ。普段は私一人で来ることが多いのだけど、やっぱり人数が多いとその分たくさん薬草を摘むことができるから、彼らにも本当に感謝している。


「滑りやすいので、気をつけてくだ」

「ぎゃあッ!!」


きっと気を付けてくださいね、と言おうとしてくれたんだと思う。けれど急いでいた私はせっかくの炭治郎くんの注意にもの見事に足を滑らせた。勢いよく前につんのめり、視界がぶれる。地面への顔面ダイブに備えて身を固くすれば、ぽすん、と体が暖かいものに包まれた。


「だ、大丈夫ですか!?」


顔をあげれば、存外至近距離に炭治郎くんの綺麗なお顔があって喉が「ひゅッ」と鳴った。ぎええええええ!!!た、たたたた炭治郎くんのお顔があああああ!!!というか、え?私今炭治郎くんに抱きついてる!?滑ってずっこけたままの体勢を炭治郎くんが支えてくれているの!?「名前さん?」やめて!!この距離で囁かないで!!なんだかいけない事してるみたいじゃないの!!


「ごごごごめんね突進しちゃって!!大丈夫!?痛くなかった!?」

「俺は鍛えてるので平気です!それより名前さんは?足を挫いたりとかしてませんか?」

「炭治郎くんのおかげでなんともないよ」


ありがとう。そう言った瞬間、がさり、背後で草むらが揺れた。「名前ちゃーん、すごい悲鳴が聞こえたけどどうかし…」「あ、善逸!すまない、名前さんが躓いてしまって…そこの籠を拾ってくれないか?」どうやら心配して様子を見に来てくれたらしい善逸くんは私たちの今の状態を見て、まぁ、想像通りに目を剥いた。


「何してんの何やっちゃってんの!?人がせっせと頑張ってる間何イチャついちゃってんのおかしくない!?」

「いちゃ…?違うぞ善逸名前さんは…」

「おだまり!!いつもいつも炭治郎ばっかりいい思いしやがって!!俺だって…!俺だってなぁ!!名前ちゃんに抱きつかれたいよ!!体勢を崩す名前ちゃんを背後から支えてあげて大丈夫?とか言ってみたい!!至近距離で抱き合って名前ちゃんの柔らかい体堪能してたんだろ!!とんでもねぇ炭治郎だな!!代われ!!」


…なんだろう、善逸くんのセリフ後半のほとんどが理解できなかったんだけど。え、何?柔らかい体を堪能する?あんたの方がとんでもねぇよ。


「あのね、善逸くん。炭治郎くんはこけそうになったのを支えてくれただけで、別に深い意味は…」

「名前さんはとてもいい匂いがしました!!」

「きっとない…え?」

「何どさくさに紛れて嗅いでんの!?嘘でしょ嘘すぎじゃない!?」


何やら炭治郎くんからとんでも爆弾発言が聞こえた気がするんですけど…え?何?
もぞもぞと炭治郎くんの腕の中から抜け出せば、当の本人はそれはそれは曇りなき眼で私を見つめていた。
…いや、にこって微笑まれても。今どういう感情なのそれ。


「名前ちゃああん…」


炭治郎くんの笑顔に返答に困っていると、善逸くんが情けなく泣きながら腰にしがみついてきた。


「炭治郎ばっかりずるいよぅ…俺もぎゅーって抱き締めて…」

「いや抱き締めたりしてないよ?というか、善逸くん、そういうところだよ。女の子から冷たい目で見られるの」

「ヴッ…こ、言葉の刃が…!」


いよいよ血涙を流し始めた善逸くん。未だしがみつかれて身動きの取れない私はどうしたものやらと頭を抱えた。このままじゃしのぶ様に薬草を届けられない。「善逸くん、ちょっとどい…」どいて。そう言い切る前に唐突に善逸くんが消えた。びっくりして消えた方向を見ると、どうやら炭治郎くんが善逸くんの首根っこを引っ張ったらしい。猫のように宙ぶらりんになった彼は炭治郎くんに猛抗議していた。


「何するんだよ炭治郎!」

「名前さんが困ってるだろう」

「お前も同じことやったでしょうが!少しくらいいいでしょ名前ちゃんは唯一俺に優しくしてくれるの!!」

「ダメだ!」

「なんで!!」

「なん…だ、ダメったらダメだ!」

「無自覚なのほんっとタチ悪い!」


ダメだ。なんで。の応酬が繰り広げられるのを横目に、私はいそいそと薬草を摘み籠の中に放り込んだ。
あれは、いつまでするのだろうか。というか…


「おーい、そろそろ暗くなる前に帰るよ」

「!今行きます!」

「あッ、こら炭治郎話はまだ終わって…名前ちゃん籠俺が持つよ!!」

「いつも持ってるから大丈夫だよ」


何はともあれ、たくさん薬草が採れてよかったよ。きっとしのぶ様も喜んでくださる。
きっと頭をなでてくださるしのぶ様に緩む頬をそのままに歩く私の背後で、静かなる謎の攻防が繰り広げられていただなんて露ほども知らぬ私であった。





(執筆2019.12.2)


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