口元の紅が気になって仕方がない。
慣れない感覚に眉を顰めながら燦々と照りつけてくる太陽を睨む。今日は甘露寺さんがおすすめの喫茶店なるハイカラなお店に連れて行ってくれるらしい。今までおしゃれとは無縁の生活を送ってきた私であるから、世間で今何が流行しているのやら、どんな色が流行っているのやらとんと検討がつかないのだ。
で、あるからして、しのぶさんにお願いして着物を見繕ってもらおうとお願いしたんだけど…
「(しのぶさん、気合い入りすぎ…)」
流行りの色らしい着物とそれに合わせた羽織。果てに、化粧まで施し終わった後のしのぶさんの顔と言ったら、清々しい以外の何者でもなかった。なんと言うか…やりきった!みたいな、そんな顔。
違和感のある自分の顔に触れながら待ち合わせ場所で甘露寺さんを待っていると、少し離れたところに見慣れた特徴的な髪が見えた。
「(あ、煉獄さんだ)」
どうやら任務の帰りらしい。きっと千寿郎くんの手土産なのだろう包みを片手に歩いている煉獄さんを見つめていれば、不意にぱちり、と目が合った。一瞬びっくりして目を見開くけど、目が合ったし、さすがに何事もなかったかのように逸らすのは大変失礼だろう。
そう思って、とりあえずにっこり笑って会釈をした。
「…!!」
……ら、あのいつもの顔で煉獄さんが固まった。それはそれは、一瞬で石化したのではと思うくらいビシィッ!!と。
…どう、したのだろうか。
「大丈夫ですか?」
思わず心配になって話しかけてしまった。煉獄さんの顔を覗き込めば、びっくりするくらいの戸惑った匂いがしてもう一度首を傾げた。「あの…」声をかける。
「…すごく、変な事を言ってもいいだろうか」
「はい?」
へちょり、眉を下げる彼の髪が、風に吹かれて揺れる。その時に見えた耳がほんのりと赤らんでいるのに気付いて、目を剥く。そして彼からまた漂ってきた匂いに確信した。
「君は一目惚れは信じるか?」
この人、私だと気付いていない!というか、え?そんな事ってあるの!?一目惚れって…え?待って、情報量が多すぎてこんがらがってきた。
煉獄さんにそう言われて嬉しいと思う反面、素直に喜べない自分がいることに酷く驚いた。だって、つまり、そういう事でしょう。
どう回避するか迷っていると、待ち合わせ場所に甘露寺さんが来ていることに気付く。きょろきょろとあたりを見渡したあと、目が合う。ぱッ、と顔を輝かせた彼女は大きく手を振って、
「名前ちゃーん!」
そう叫んだ。
「あれ、煉獄さん?奇遇ね!こんなところで会うなんて!」
「……」
「…煉獄さん?」
再び固まる煉獄さんの隣で固まる私。傍から見たらきっと珍妙なこの光景に理由を知らない甘露寺さんからはただただ戸惑いと困惑の匂いがした。…いや、ごめんなさい。多分これ、私が悪い。さっさと誤解を解いとけばこんな事には…
「…竈門少女、か…?」
恐る恐る、と言ったように掛けられた声は若干震えていたように思えた。気まずさが爆発しそうな私である。ちらり、煉獄さんを見上げれば、それはそれは顔を真っ青にしていて…
「よ、よもや…!すまない!!君が竈門少女だと露知らず、不快にさせてしまって…!」
「い、いえ、私が早く誤解を解いていればよかったんです!」
「だが、女性からしたら不快だろう…別の女性に間違われるなど…」
「私は気にしてませ。だから、煉獄さんも気にしないでください」
「むぅ…」
納得いかない、と言いたげに唸る煉獄さんに苦笑いした。何はともあれ、いつまでも甘露寺さんを放ったらかしにするわけにはいかないから、とりあえずは両成敗、という形でこの話を終わらせてもらった。
…まだ、納得できなさそうではあったけど。
「竈門少女」
これで失礼します。そう踵を返そうとした時、煉獄さんに名前を呼ばれた。
「どうされました?」
「今度は、ちゃんと君に伝えてもいいだろうか」
「へ、」
何を、と聞く前に隣の甘露寺さんが「きゃー!」と言いながら私の腕を振り回したためそれは叶わなかった。
「それじゃあ、俺はこれで!」
そう言って去っていく煉獄さんの背中を呆然と見つめる。何が何だかさっぱり分からず、おいてけぼりを食らっている私に、未だ興奮冷めやらぬな甘露寺さんはそのままの勢いで言った。
「師範ってば大胆だわ!!名前ちゃん、頑張ってね!!私、応援してるから!!」
「???」
結局最後まで置いていかれた私は、いつまでもいつまでも疑問符を飛ばし続けるのだった。
(執筆2019.12.2)
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