私はマメな方ではない。むしろその逆。ひどく面倒臭がりで、食事もしのぶに怒られるまで食べない事の方が多い。睡眠はごく僅か。だって、眠れないのだ。
だから柱にも関わらず屋敷を持たない私が帰る場所はもっぱらしのぶのいる蝶屋敷であった。あそこならしのぶは文句を言うけど、なんだかんだ暖かい布団も食事も用意してくれるし、アオイやなほたちも眠れない私の話し相手になってくれる。
何をするのも面倒だけど、蝶屋敷にいるこの時間だけは好きだった。
「名前さん、今日こそはちゃんと寝てください!!」
…だがしかし、私はこの男に面倒を見てもらう言われはないのだ。
「君もしつこいな…。私は忙しいんだ、あっちに行ってなさい」
「しのぶさんから聞きました!名前さん、ここ数日全然寝てないんでしょう?」
しのぶめ、よりにもよって一番面倒なやつに口を滑らせたな。
内心でしのぶに苦情をいれるものの、すぐにあいつの事だから、全部わかってて炭治郎に言いふらしたのだと気付く。ほんと、いい性格してるよ。
「さぁ名前さん!アオイさんが名前さんのために布団を干してくれていましたよ!行きましょう!」
「ええい離せ!自分の事くらい自分でできるわ!」
ぐいぐいと私の腕を引っ張る炭治郎に出会ってからというものの、私の中の平穏はどこかへと消えた。聞けば、この炭治郎はたくさんいた弟妹たちの長男坊で、だからか、しのぶから私の事を聞いた炭治郎は私の事を不摂生をする妹かなにかだと思っている節がある。
甲斐甲斐しく世話を焼かれて悪い気はしない。けど、それば度が過ぎなければの話であって、こうもしつこいと煩わしくて仕方がない。面倒臭い性格だと?知っとるわんなもん。
「いい加減にしろ、炭治郎」
ぱしん。掴まれた腕を振り払う。当の本人は、なぜ振り払われたのかわからないと言うように首を傾げている。
「私はお前の妹でもなければ、世話を焼かれる筋合いもない。何が目的だ」
「目的だなんて、そんな…」
「しのぶに言われたからか。ならもう必要ない。私がいらないと言っているんだ。余計な使命感なんぞ持たず、好きな所へ行って好きにすればいい」
そう言い捨てれば、炭治郎は顔を俯けた。…年下相手に言いすぎたとか、思わなくもない。が、はっきり言わないとこういうタイプは絶対にわからない。私知ってる。
「…しのぶさんに言われたから、渋々してるわけじゃありません」
ぽつり、呟いた炭治郎に眉を顰める。
「名前さんの事を妹だと思った事も、一度もない。俺がやりたいからやってる、ただそれだけです」
「なんの意味がある?お前になんの利益があってそうするのか甚だ疑問だ」
「利益とか得とか、そんな損得勘定なんて持ち合わせていません。俺がそうしたいからする。俺が名前さんにしてあげたいと思ったからする」
「だから…それが迷惑だと言って…」
「名前さん、さっき言いました。“好きなところへ行って、好きにするといい”って。俺は名前さんのそばが好きだから名前さんがいるところに行くし、名前さんの役に立てるのならなんだってしたいと思う」
炭治郎が一歩、近付く。それと同じ分だけ私が後退すれば、炭治郎はまた足を踏み出す。それを何回か続けていると、とん、と背中に何かが当たった。壁だ。
それを理解した瞬間、炭治郎が一気に距離を詰めてきて、私を囲うように壁に手をついた。
「…離れろ」
「名前さんが近くにいてもいいと言うまで離れません」
「だから、私は必要ないと…」
「本当に嫌なら、名前さんなら俺を押しのけるくらい造作もないはずでしょう」
「、…」
「どうして、抵抗しないんですか?」
至近距離で、赤みがかった赫灼の瞳が瞬く。まるで私を離さない、と言わんばかりに絡めとる炭治郎の瞳から目を逸らせずにいる。あぁ、このままじゃダメだ。絆されてしまう。
「名前さん、俺は、誰彼構わずこんな事をしたりしない。名前さんだから、名前さんの目に、記憶に、俺を写してほしいから。しのぶさんの話を聞いて、あぁ、これしかないって思ったんです」
なるほど、つまり、しのぶも一枚噛んでいたと。
今ごろどこぞの任務に言っているであろうしのぶに心の中で悪態をつく。結局は、しのぶの手のひらの上でいいように転がされていただけか。
一つ、ため息をこぼす。
「…全く…とんでもない炭治郎だ」
それからというものの、甲斐甲斐しく名前の世話を焼く炭治郎と、甲斐甲斐しく世話を焼かれる名前が蝶屋敷でよく見られるようになったのはまた別の話。
(執筆2019.11.11)
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