「悪いなしんベヱ、付き合わせてしまって…」
「いーえ!困った時はお互い様です!それに、名前先輩にはいつもおいしいおやつもらってますから!」
「そっか、ありがとうな」
そうしんベヱに微笑む名前を町角の影からじっとりと睨めつける。「ねぇ、三郎次」くいっと左近が僕の袖口を引いた。
「何だよ左近、静かにしろよ。見つかるだろ」
「いや、見つかるも何も尾行だなんて真似やめなよ。てか僕たちを巻き込むな」
「相手はしんベヱなんだぞ。そう何かあったりするもんか」
久作が心底呆れたように吐き捨てる。いや、いいや、お前らはなんにもわかってない。いくらしんベヱだとしても男に変わりないだろ!?あんな純粋無垢なぽやけた顔して万が一の事があったらどうするんだ!お前ら責任取れんのか!?
名前はなぁ、一見しっかりしてるように見えるけど意外とぽやんとしてるんだぞ!
「だからって…なぁ?」
「捻くれが拗れて果ての果てでようやく付き合えたからって心配しすぎ…」
「三郎次、二人が移動してるんだな」
「あ、こら四郎兵衛!言うんじゃない!」
「何…!?くそ、見失う前に急ぐぞ…!」
だッ!と町角から飛び出して二人を追う。「付き合ってらんない…」「三郎次の心配性にも困ったものだ」おい、聞こえてるぞそこの二人。
***
あの後、結局僕たちは名前としんベヱを見失い、二人を探せど見つからなかったため渋々学園に帰って来たのだった。
久作や左近に散々文句を垂らされたけど、どうせお前ら暇だったじゃん。久作も左近も委員会の当番じゃないの知ってるんだからな。
「はぁ…」
あぁ、ため息しか出ない。
とぼとぼと二年長屋の廊下を歩く。しんベヱも名前も、二人だけで町に何しに行ってたんだろうか…
「あ、いたいた。おーい、三郎次」
しんベヱと並んで歩いていた名前を思い浮かべていると、唐突に名前を呼ばれた。びっくりして振り返ると、今まさに頭の中にいた名前が小走りで駆け寄ってきて…って、えー…何その小袖…いつ買ったんだよかわいすぎる…
「……」
「…三郎次?」
なんて、素直にそう言えばいいのに、捻くねた僕は上手にそれを言葉にできない。目の前の名前が戸惑うように眉を垂らすのを見て、申し訳なさが爆発しそうであった。
「……今日、」
「今日?」
唇が震える。たった一言、何してたんだ?そう聞けばいいだけなのに、僕の口は縫い付けられたかのように動かない。聞きたいって気持ちと、ちっぽけな僕のプライドが鬩ぎ合う。
必死に頭の中で言葉を選んでいると、不意にくすくすと笑い声。
「……何だよ」
「ふふッ…い、いや…?三郎次はわかりやすいなって…ふ、思って…ふふ」
「わ、笑うなよ!!」
「ごめんごめん!…ふふッ」
名前はどうにか笑いを堪えようとしているみたいだけど、ちっとも堪えれてない。じっとり、彼女を睨め付けるとようやく収まったのか、目尻を拭いながら僕に目を向けた。
涙に濡れた名前の目が月に煌めいて、不覚にもどきり、と心臓が脈打った。
「しんベヱにやきもちを妬いたのか。全く、心配しなくともそんなんじゃねぇよ」
「…わかんないだろ。あいつだって男なんだから…」
「馬鹿だなぁ。そもそも、しんベヱにはおシゲちゃんがいるだろ」
目から鱗である。今更ながらに思い出したその事実に、脳内で久作が「馬鹿め」と吐き捨てた。
「しんベヱには少し用事に付き合ってもらってたんだ。私じゃ選べないからな」
「選べない…?」
ごそごそ、名前が袖口から小包を取り出し、そのままの手で僕に差し出した。咄嗟に両手で受け取って凝視していれば「開けてみろ」と言われ、ゆっくりと包みを開く。
中には浅葱色の髪紐と柳の木が彫られたしおりが入っていた。
「これって…」
「さ、三郎次の髪紐、擦り切れて千切れそうだったろ?どんなものを贈り物にすればいいかわからなくて、しんベヱならそう言うのに詳しいから頼ったんだ。かわりにおシゲちゃんへの贈り物のアドバイスを私がしたんだけどな」
あぁ、なんだ。全部僕のためだったんだ。邪な気持ちで名前の後を付けていた事を酷く恥じた。
「…ありがとう、大事にする」
「ん、そうしてくれ」
「…だけど、紛らわしい事をしたのには変わりないんだからな!!反省しろよ!!」
「はぁー?何言ってんだお前。人の事付け回してたくせに」
「き、気づいて…!?」
「当たり前だ!だてに三年じゃねぇんだから」
「くッ…そ、それでも!罰は罰だ!だからッ…」
一瞬、言ってもいいものかと考えてしまった。だって、僕は名前から色んなものをもらってばかりで、今贈り物をもらったばかりなのにまたほしがろうとしてる。
そろり、名前を見上げる。
「ん?どうした?」
慈愛に満ちた目だった。こっちが照れそうになるくらい愛情をたっぷり含んだ目を見て、ぽつり。
「ひ…膝枕してくれたら…許してやらん事も…な、い…」
「ふふ、はいはい。わかったよ」
名前は足を投げ出すように縁側に座り、ぽんぽん、と太ももを叩いた。一瞬たじろぐけれど、ええいままよ…!と腹を括った僕は彼女の太ももに頭を預けた。
鍛えてるだけあってちょっぴり筋肉質だけど、女の子特有の柔らかさは健在の脚だった。
「罰がこんなんでいいのか?」
「わざわざこんなんにしてやったんだよ」
「減らず口め」
そう憎まれ口を叩かれるものの、頭上からは名前が愉快そうに笑っていた。なんだか悔しくなったけど、たまにはこういう時もあっていいか、と思い直して名前が頭を撫でる手を受け入れた。
(執筆2019.10.28)
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