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炭治郎は苦戦していた。久しぶりの単独任務に加え藤の家紋の家で休む間もなく立て続けに舞い込んできた任務にさすがの炭治郎も、善逸ではないがため息がこぼれる。
炭治郎の鎹鴉は時たまこういった意地の悪い事をしてくるが、今回も例に漏れずの事である。しかも運悪く対峙した鬼は二人。疲労に疲労を重ねに重ねまくっている今の状態の炭治郎にとって、運が悪い以外の何者でもなかった。一人目の頚を落とし、炭治郎はあろう事か、ほんの一瞬気を抜いてしまったのだ。


「ッ、は…!」

「鬼殺隊め…!死ねー!!」


刀を飛ばされ、丸腰になってしまった好機を鬼が逃がすはずもなく、鉤爪のように変形した腕を炭治郎目掛けて振りかぶった。せめて掠る程度に、と炭治郎が身を捩らせた瞬間、突如として地面から炭治郎と鬼を分断するように巨大な岩がそびえ立った。


「な、なんだこれは…!!」


もしかして新手の鬼の血鬼術…!?そう危惧する炭治郎。だが、そんな彼をよそに今度はどこからともなく氷の礫が鬼に降り注ぐ。自分にではない、鬼だけを的確に狙った攻撃に炭治郎は目を瞬かせた。


「いつまで呆けているつもり?」


不意に飛んできた少女の声。咄嗟に声の発生源を探そうと視線をうろつかせれば、すん、と上から漂ってきた匂いに炭治郎は弾けるように顔を上げた。


「この程度で苦戦するようじゃ、鬼殺隊の質も窺えるものだな」


ふわり、ふわり、重力を無視して宙を浮かぶのはまだ年端もいかない少女だった。彼女の足元で発光する緑の術式。月を背負い、時折吹く風が少女の髪を遊ばせる様は酷く幻想的で現実離れしていた。当然、見慣れない炭治郎は見惚れればいいのか狼狽えればいいのか驚けばいいのかわからず、混乱した。そんな炭治郎の様子を見かねた少女は、形のいい眉を顰めて再び声を落とした。


「聞いてるの?君しか鬼の頚を斬る人間はいないんだ、早くしないと…」


少女の指が宙に円を描いた。まるでそこに透明な紙があるのではと錯覚するほど鮮やかな青がくらい夜に浮かぶ。そして仕舞いだと言わんばかりに少女はその円の中心に、水を司る象徴たるエレメントの紋章を放り込み、それを炭治郎に向けた。途端にその術式から飛び出してくる大量の水に慌てて炭治郎は避ける。すると、すぐ後ろで「ぎゃッ!!」と鬼のものと思われる短い悲鳴が。

危うく背後から不意打ちを食らうところだった…
と変な風に鳴る心臓を押さえつけている炭治郎をよそに、完全に水の中に閉じ込められた鬼を見た少女はぱちん、と指を鳴らした。すると、瞬く間に水であったはずのそれが凍りつき、鬼は氷の牢獄のようなものに囚われた。あまりにも人間離れした、西洋ので言う魔法のようなそれに、炭治郎は空いた口が塞がらない。そんな彼の隣に、緑の術式を纏った少女が降り立つ。


「何してるの、斬らないの?それともこのまま日が昇るのを待ってるつもり?」

「!…いや、斬るよ。すまない」


飛ばされた刀を拾い上げた炭治郎は、氷の牢獄の中で目を回しているらしい鬼に心の中で一礼し、横一閃に刀を薙いだ。さらさらと灰になりゆく鬼を横目に入れながら、炭治郎は改めて少女に向き直る。


「俺は竈門炭治郎。危ないところを助けてくれてありがとう。…あと、君は誰だろうか?鬼殺隊の事を知っているみたいだったけど…」

「さぁ、誰だろうね。私は頼まれてここに来ただけで、別に親しくもないキミに何かしら教える事なんて何一つない」

「それはそうだが…」


存外な物言いに一瞬たじろぐが、出会った当初の猪を被った同期のようだと思ったが最後、途端に目の前の少女が素直になれない年下に見えて仕方がない。花子も時々こんなんだったなぁ…。なんて、昔の思い出に浸る炭治郎。少女は何やら微笑ましいと言わんばかりに自分を見つめる炭治郎を不気味なものでも見るように睨んだ。


「…とにかく、私の役目はこれでおしまい。君を蝶屋敷まで強制送還します」


そう言って少女は懐から細長い紫の結晶のようなものを取り出し、それをそのまま炭治郎の足元に叩きつけた。途端に彼の足元に広がる術式に、当然の如く炭治郎は戸惑った。


「ちょ、待ってくれ!何なんだこれは!一体どうなって…!それに、まだ君の事を聞いていない!」

「それは転送ジェム。まぁ、簡単に言えば瞬きする間に蝶屋敷に帰れる瞬間移動装置ってところ」

「瞬間移動…?」

「そ。これから君は蝶屋敷に帰るの。わかる?」


足元の光がより一層強まる。それに慌てた炭治郎は思わず少女に手を伸ばした。

「せめて名前を…!君の名前を聞かせてくれないか!!」

「…名前」


名前…。
そう炭治郎が反芻した瞬間、炭治郎の姿は空間がブレるようにその場から消えた。

また会えるだろうか…

そんな木霊を残して。


転送され、名前と名乗った少女を頭に浮かべながら蝶屋敷で静養していた炭治郎だが、その数日後にしれっと屋敷内を歩き回る名前と再会して思いっきり叫ぶのはまた別の話。





(執筆2019.11.23)


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