どうにも寝付けない夜だった。とりあえず目を閉じてみたり、無駄にごろごろ寝返りをうってみたりしても、一体私の睡魔はどこへ行ってしまったんだと言わんばかりに今日は寝つきが悪い。
暖かい飲み物でも飲んで体を温めれば少しは眠くなるだろうかと思い至った私は、厚手のパーカーを羽織ってそろぉっと部屋を出た。
共同スペースまで降り、冷蔵庫から牛乳を拝借して鍋に注ぐ。
えっと、はちみつはどこに置いてたっけな。
「名前ちゃん?」
ごそごそと戸棚を漁っていると、唐突に私以外の声が聞こえて思わず踏み台からずり落ちた。「うわッ…!」「危ない!」ぐるり。床に激突する寸前、腰に回った長い舌。ゆっくりと私の体を床に降ろして、するすると離れていくそれの落ち主は梅雨ちゃんだった。
「ごめんなさい名前ちゃん、驚かせてしまって…」
「ううん、大丈夫!私も足滑らせちゃったから…助けてくれてありがとうね」
「けろ」
大きな目をにこり、と細める梅雨ちゃん。…だけど、彼女の目の下にうっすらと滲むクマを見つけて、思わず顔を顰めてしまった。
「ちゃんと眠れてないの?」
そう聞くと、梅雨ちゃんの肩がぎくり、と揺れる。じっと目つめ続けていれば「名前ちゃんに隠し事はできないわね…」と困ったように眉が垂れた。
できあがったホットミルクにはちみつを垂らしたマグカップを梅雨ちゃんに手渡し、ソファーに腰掛ける。ぽつり、梅雨ちゃんがこぼした。
「実技での伸び代がいまいちで、少し思い悩んでいただけなの。まだまだ課題はたくさんあるわ。けど、ダメな所を見つければ見つけるほど、その多さにどれから手をつければいいかわからなくなって…」
それで考え込んでいればいつの間にか明け方になっているのだと、手に持つマグカップを見つめながら梅雨ちゃんは呟いた。私は自分の分のホットミルクを一口煽り、こん、テーブルに置く。
「伸び代に悩むのって、ちゃんと自分が成長しているからなんだよ」
「成長…」
「自分のダメな所から目を逸らさず、どうしたらよくなるのかって見つめ直す事は簡単なようですごく難しい。けど、梅雨ちゃんはちゃんと受け入れてるから悩むし、考え込んじゃうんだと思う…あ、別に悩む事が悪いとか、そんなんじゃないよ!?」
なんて言えばいいだろうか。一つ一つ、言葉を選びながら話す。
努力家な梅雨ちゃんには…いや、努力家な梅雨ちゃんだからこそ「大丈夫だよ」とか「なんとかなる」なんて無責任な事は言いたくない。
考えて考えて…結局いい言葉なんて浮かばなかったから、苦笑いしながら少しひんやりとした梅雨ちゃんの手を握りこんだ。
「ごめん、言葉が纏まらないや…。偉そうな事言ってごめんね…?」
「ううん、名前ちゃんのおかげで少し楽になったわ。ありがとう」
「私、全然大した事言えてないよ…!?でも、同じ雄英生で、クラスメイトなんだからさ、愚痴とか相談とか聞けるし…なんならどーん、と頼ってくれてもいいんだからね!」
まぁ、私じゃ頼りないかもだけど。なんて、笑い飛ばせば、不意に梅雨ちゃんがこてん、と私の肩に頭を乗せた。
「どうしたの?眠くなっちゃった?」
「いえ、ただ…少しこうしたかっただけ」
ほんの少し、おかしそうに梅雨ちゃんはくすくす笑う。艶やかな彼女の髪を梳くように頭を撫でれば、すり、と私の肩口に擦り寄った。
「名前ちゃんが頼ってもいいって言ってくれるなら…もうちょっとだけ、このまま寄りかかっていてもいい…?」
「…うん、いいよ」
星も眠る幽玄の夜半の頃。ひんやりしてい梅雨ちゃんの手にすっかり私の体温が移り、私たちの手の中で体温が溶け合ったみたいだった。
…ちゃんと、彼女の力になれただろうか。なれているだろうか。なんて、考えていると、まるで私の心を見透かしたように梅雨ちゃんが繋ぐ手に力が込めた。
(執筆2019.11.9)
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