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「ずっとずっと昔から好きでした」


放課後の裏庭。顔を真っ赤にさせ、緊張で震える手を握りしめている目の前の女生徒の言葉に我妻善逸は、これは夢か何かかと思わず自分の頬を抓った。「痛い…」けれど、思いのほか鮮明に突き刺さる頬の痛みが今自分が体験しているこの出来事が夢ではないのだと訴えかけてくる。
それを理解した瞬間、善逸は酷く狼狽え、酷く狂喜し、そして……酷く落胆した。

常日頃から女の子が好きだと豪語しまくっている彼はある意味学校内では有名である。だからこそ周囲からの女子から目は厳しく、一方で、冷やかしのかっこうの餌食となっているのだ。
善逸はそれを自分でも分かっていたからこそ、今回のこれもきっと冷やかしか面白半分でからかっているだけなのだろうと結論付け、眉を垂らした。


「ごめん、こんな事させちゃって…。君も、友達に言われたからって無理にそんな事言わなくてもいいんだよ?」

「え?」

「罰ゲームなんだろ?賭けして、それに負けたら告白するって言う。よくあるんだ。最近は頻度は減ったけど、未だちょくちょくやらされてる子いるし」

「いや、あの…」

「別に好きでもない奴に告白するのって地味に精神削るからさ」

「ま、待った!待って!ちょ、何言ってるの?」

「え?」

「私だよ…?善逸、ねぇ…」


困惑する女生徒に、今度は善逸が目を瞬かせた。じーッと女生徒を凝視して、半ばパニックを起こしかけている脳みそをフル回転させた。

赤毛混じりの髪と瞳に、花札みたいな耳飾り。ネクタイの色からして一学年下だということがわかるが、こんな子知り合いにいただろうか…。

善逸としては、自分が女の子に認識されている事にそれこそ喜び勇むのだけれど、状況が状況であるがために素直に信じる事ができないでいた。これも自分をからかうための演技なのではとか、色んな思考が高速で巡る。
けれど、脳みそのどこを探してもこんなに特徴的な女の子は記憶になかった。


「ごめん、俺を誰かと間違えてるんじゃないかな…。だって俺、君の事知らないし、もし知ってたら君みたいな子忘れないと思うから」

「ッ!!……そ、か…」


ぽつり、消え入りそうな声でそう言った女生徒。俯いて、表情こそ見えないものの、元来耳のいい善逸は彼女から聞こえる深い悲しみの音に心底驚いた。
なぜこうも彼女はこんな音をさせているのか。こんな音になっているのだろうか。
疑問と困惑だけが善逸の脳内を占める。そうしているうちに、ぱッと顔を上げた女生徒の顔を見て、なぜだか善逸はひどく胸が締め付けられた。
顔を上げた名前は、今にも泣き出しそうになるのを必死に堪える顔をしていた。


「初対面か…そりゃそっか。みんながみんな、そうだとは限らないしね」

「えっと…」

「いえ、気にしないでください。いきなりこんな事を言ってしまってごめんなさい。先輩の言う通り、私は友達に言われて告白しました。…けど、これを機に先輩とお友達になれたらと思います」

「友達って…」

「私は竈門名前です。我妻先輩、改めて初めまして。これからもどうぞよろしくお願いします」


女生徒…竈門名前と名乗った少女は、だらりと垂れる善逸の手を取り、握手をした後に足早にこの場を去って行った。ぽつり、取り残される善逸。善逸は先程名前が触れた右の手を目の前に持ってきて、ぼんやりと眺めた。
暖かい手だと、善逸は思った。

今まで同じ事を言った。自分に偽りの愛を告げる女生徒に対して、ある程度失礼にならないように。だから、先程の彼女にも同じ事を言った。名前もそうだと自分で言っていた。ーーなのに。


「…………痛い」


胸が、痛かった。酷く鈍く、突き刺すように、張り裂けるように、ありとあらゆる痛みを伴った胸を抑えれば、じわり、唐突に視界が歪む。
それが自分の涙によるものだと理解した瞬間、次から次へととめどなくぼろぼろと溢れ出てくる。どうしてこんなにも悲しいのか。苦しいのか。何一つわからなかった。
けど、そんな善逸にも一つだけわかる事がある。名前が繋いでくれたあの手は、きっと離してはいけなかったのだと。

善逸の中が悲しみの音で満たされた頃、ぱちん、と。シャボン玉が弾けるように、唐突に様々な記憶が脳内を駆け巡った。
それは善逸の前世と呼ばれるはるか遠い昔の記憶であり、善逸にとって、決して忘れてはいけなかった大切で愛おしい想い出であった。

それらを全部思い出した時、愕然と崩れ落ちるように地に膝をつけた。


「俺は、なんて事を言ったんだ…!」


全部、思い出したのだ。刀を携え、鬼を滅しながら大正の世を生き抜いた事。自分は幸せにはなれないのだと諦め、嘆いた中でたった一つの幸せを掴んだ事。その幸せが先程の女生徒…竈門名前と共に生涯を寄り添い、厳しくも暖かい家庭を築いた事。
自分は全てを忘れていたのに、名前は忘れていなかったのだ。忘れていなかったからこそ、こうして自分を探してくれて、会いに来てくれて、なのに…


「ごめん、ごめん…!!」


善逸は泣いた。夕方の赤が夜の濃紺に姿を変えるまで、ただひたすら静かな裏庭で泣き続けた。





「名前!!」


次の日。バインダーを片手に校門の前でいつもの風紀委員の仕事をこなしながらある少女を待っていた善逸は、前方から目的の人物が歩いてきているのを見つけると早々にバインダーを投げ出し、その少女、竈門名前に号泣しながら抱きついた。

抱きつかれた名前はあまりに突然の事で、一瞬自分の身に何が起こったかわからなかったが、自分の肩口に顔を埋めて泣き喚く善逸を見て大いに慌てた。


「あ、我妻先輩…!こんな校門のど真ん中で一体何を…!」

「我妻先輩だなんて他人行儀みたいに言うなよおおおお!!俺ッ、おれ、昨日名前に酷い事言った…!辛い事言わせた…!そりゃ泣きたくなるよな!!俺だったら泣いてたわ!!泣き叫んでたわ!!改めて初めましてってなんだよ!!それが旦那が再会した嫁に言わせるセリフかよ!!」

「…!あが……善逸、思い出した、の…?」

「…うん、全部思い出したよ。ごめん、ほんと…ごめんな名前…忘れててごめん…探させてごめん…もう二度と忘れない。だから…」


一度名前から体を離した善逸は、未だ目玉から滴る涙をそのままに真っ直ぐ名前の赫灼の瞳を見つめた。


「この世界で、もう一度俺と結婚を前提にお付き合いしてくれますか…?」


涙でぐちゃぐちゃに濡れた顔での、酷く締まらない約300年越しの愛の言葉。けれど、我妻善逸にとってそれでよかった。格好付けで繕った言葉も、態度も全部を取っ払った善逸らしい真っ直ぐな言葉に、今度は名前の目から大粒の涙が溢れ出た。


「不束者ですが、どうかよろしくお願いします」


そんな、暖かな空気が染みゆくとある朝の出来事。





(執筆2019.11.18)


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