ヤンデレ善逸は伊之助には嫉妬しない
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ヤンデレ善逸が伊之助だけには嫉妬しない話
坂田さん視点(本編オリキャラ、注意書き参照)
募集箱より
きっと、どこの学校にも必ず存在する“七不思議”の話。時に興味を抱かせ、時に恐怖心を煽るそれはもちろんこの学園にも存在していて、けれど、かと言って必ずしもそれが“怪談話”であるかと言われればそうじゃないのだ。
「なぁ、村田」
食堂のテーブルに頬杖をつきながら、隣でチャーシュー麺を啜っているクラスメイトに声をかけた。「なんだよ」口の中に麺があるのか、村田の声がこもって聞こえた。
「我妻ってさ、めっちゃ嫉妬深いだろ」
「なんだよ今更…周知の事実だろ。俺だって竈門に話しかけたら未だに睨まれるんだぞ…精神すり減るわ…」
「ずっと疑問だったんだけど、あいつ、嘴平には何もしなくね?」
「は?」
どういう意味だ、と言わんばかりに怪訝な目を向けられ、俺はびッ、と中庭を指さした。
この学校の食堂は中庭と隣接していて、そこに面している壁は大きな窓ガラスでできているため一望できるのだ。
そして俺たちはその窓際のテーブルにいるため、件の三人がレジャーシートを広げて座っているのがよく見えるわけなのだが…
「まぁ、見とけ」
さっきも供述した通り、我妻は嫉妬深い。それはそれはもう、竈門とほんの少しでも言葉を交わせば「てめぇ誰の許可を得て話してやがるあぁん今日の帰り道背後気をつけろよ」と副音声が聞こえてくるんじゃないかってくらい睨みつけてくるのだ。そしてその後の竈門も何かしら言われたり、時々二人でどこかに消えることがあるから俺はもう何も見ていない事にしている。野暮な詮索なんてするもんじゃない。
誰に対してもそんな感じだから、我妻のあれはもはや全校生徒公認になっているのだが、なぜか、そう、なぜかその嫉妬深さが嘴平だけには適用されないのだ。
今もほら、嘴平が竈門に膝枕してもらっても、我妻はぷりぷり怒りはすれどあの底冷えするような顔をする事はない。俺は「あー、仲良いよな」で終わるけれど、他の生徒からすればあの光景は心底肝が冷える事であろう。実際に食堂内が騒然としている。あの謎は七不思議の一つに数えられている事を当人たちはきっと知らない。
「おいこら伊之助ぇええ!!誰の許可得て羽炭の太ももに頭預けとんじゃい!!俺の!!特等席だっつーの!!」
「んだよ、うっせーな!炭子がいいっつったんだからいいだろうがよ!」
「羽炭の脚も太ももも腕も髪の毛一本にいたるまで全部俺のなの!!我が物ヅラすんのやめていただけます!?」
「気持ち悪い奴だな。つか、てめぇの方が我が物ヅラしてんじゃねーか」
「ギィィイイイ!!」
「こら、やめないか善逸!膝枕くらいいつでもしてあげるから、早くお弁当食べちゃいなよ。ほら、あーん」
「…あー」
とまぁ、我妻の声はくそでかいから会話が全部筒抜けなわけで。
「……な?」
「あー…確かにそうだよなぁ…」
甲斐甲斐しく竈門に食べさせてもらってる我妻を眺めながら、俺たちは頭上に疑問符を飛ばした。
「あ、我妻」
放課後、昇降口に行こうとすればたまたま我妻と鉢合わせた。「どうも」ぺこり、会釈する我妻は基本は礼儀正しい。竈門が絡まなきゃなぁ…
そこでふと、昼間に村田と話していた事を思い出し、何となくその疑問を口に出してみた。
「なぁ我妻、ずっと聞きたかったんだけど…」
「はい?」
「なんで嘴平には何もしないんだ?あ、別にしてほしいってわけじゃなくてだな、ほら、竈門に嘴平以外の男が近付いたらめっちゃ怒るだろ?気になって…」
そう言うとぽかん、と呆けていた我妻だが、俺の言葉の意味を理解したのか「あぁ、そういう事…」と
「基本は誰であっても羽炭に近付いてほしくないですよ。お前帰り道気を付けろよって思いますけど」
「怖いな…」
「けど…強いて言うなら伊之助は下心がないから、ですかね…」
「下心?」
「必要だから、仕方ないから、なんて思っている割に、羽炭に話しかける奴ら全員からは絶対に下心の音がする。それが気に食わない。その点伊之助は、そんな気一切なく素でやってのける。…まぁ、腹は立ちますけどね。俺の羽炭に膝枕とかしてんじゃねーよ…これじゃダメですか?」
…若干、上手く誤魔化したな、こいつ。嘴平の件はおそらくその通りなのだろうけど、理由はちょっと誤魔化している。なんとなくそう思うけれど、変につつき回す事はない。
「それだけですか?」
「あぁ、それだけだ。悪かったな」
「いいえ」
「おーい、善逸ー!」
そうこうしているうちに、向こうの廊下から竈門が走ってきた。打って変わってゆるるん、と顔を弛めた我妻は俺に一礼してから去っていく。
「羽炭ー…っておい!!伊之助ぇぇええ!!」
「んだよ、なんもしてねーだろうが!!」
「何手ぇ繋いでんの!?」
「繋いでるんじゃなくて、引っ張って来たの!すぐそういう事言わない!」
「だって…だってえええ」
「もぉー…じゃあ皆で手繋いで帰ろうよ」
「あ、坂田さんさようなら!」結局三人で手を繋いで帰る事で落ち着いたのか、竈門は俺に挨拶してから去って行った。
おーおー…
「つまるところ、我妻だけじゃないって事か」
きっと誰もが我妻だけに注目しているから気付いていない。
去り際に俺を一瞥した嘴平の目。品定めをするような、一切の何もかもを削ぎ落としたあの目は綺麗な顔立ちゆえ、余計に不気味さが際立つ。
なーるほどなぁ…
「めんどくさいな、あいつら」
何はともあれ、あいつらの警戒網に俺が引っかからなかった事だけが唯一の救いである。