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善逸が挨拶しに行く話


募集箱より




「あの、母さん、話があるんだけど…」


そう言うと洗い物の手を止めた母さんは不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?そんな改まって…」

「えっと、その…」


もじり、爪先を擦り合わせる。初めての体験に上手く言葉が出てこないけれど、母さんは急かさずに待っていてくれた。じんわり熱い頬をそのままに、ぽつり、口を開いた。


「こ、恋人ができました…」


ぱりーんッ


母さんの手から滑り落ちたお皿が床に叩きつけられ、甲高い音を響かせた。「な、何今の音!?どうしたの!?」思いのほか響いたらしく、部屋で花子の勉強を見てやってた禰豆子が慌ててやって来た。かく言う私も、突然の出来事に目を瞬かせた。だって、一応報告しないとって思って言った事がこんな大惨事を招くだなんて思ってなかったんだもの。


「ちょ、母さん!?お皿落ちてるから!ね、禰豆子箒持ってきて!それと茂たちにこっち来るなって言って…」

「羽炭」

「何!?今それどころじゃ…あ、動いちゃダメだからね!破片が刺さったら…」

「羽炭、聞きなさい」

「は…」


あまりに静かな声に一瞬で頭が冷静になる。ただならぬ母さんの雰囲気を察した禰豆子が首を傾げた。


「お母さん…?どうしたのそんな真面目な顔して…」

「明日、うちに連れておいで」

「え?連れておいでって誰を…」

「羽炭の彼氏さん、連れてくる事。いいわね?」

「あ、はい」


そう言ってさっさと床に散らばる破片を片付けてしまった母さんを呆然と見つめる私と禰豆子。有無を言わせないような母さんの顔に思わず敬語で返してしまったけれど、まさかの事態である。いきなり連れて来いって、しかも、明日。


「お姉ちゃん、善逸さんの事お母さんに報告したの?」

「え?あ、うん…だって、前世じゃそんな事できなかったから、ちゃんと報告しなきゃって思って…。けど、急にあんな事言われるとは思わなかったから…」

「そりゃ言うに決まってるじゃない…。どうするの?」

「どうするったって、善逸に事情を話して来てもらうしか…」


母さんに善逸の事を紹介するのが嫌だとか、そんなんじゃない。というか、もしそうだとしたらそもそも報告すらしてない。
自分の恋人を親に紹介するのって、結婚する前とか今よりもう少し後なのかと思ってたから、混乱してるだけ。
前世では確か、鱗滝さんに結婚報告しに行ったんだっけ…
天狗のお面の向こうで泣きながら祝福してくれた鱗滝さんを思い出し、懐かしくなる。

暖かい思い出に浸っていると、何やら禰豆子が微笑ましげに私を見つめていて、少しむず痒くなった。


「…何?」

「ううん。よかったね、お母さんに言えて」

「…うん」





***



「…………」

「…………」

「…………」


目の前に座る羽炭のお母さんからのプレッシャーに押しつぶされそうな俺である。
なんと言うか、無言の圧がすごい。というか、今思ったけど、俺羽炭のお母さんと面と向かうのって初じゃない?だって、前世では羽炭と出会った時もう亡くなってたから、こうして今世で挨拶しにくるなんて、少し不思議な感じだ。

だからと言って冷や汗と震えが止まるわけじゃないんだけどね!?

隣に座る羽炭からすっごい心配そうな音が聞こえてくるよぉ…羽炭のお母さんの隣の禰豆子ちゃんもおろおろとしてるし、ちゃ、ちゃんとしないと…!だって、前世で鱗滝さんに結婚報告しに行った時も緊張でこんな感じだったんだから、今世では、そう、きちんと…


「我妻さん」

「ひゃいッ」

「(善逸…)」

「(善逸さん…)」


やってしまった。不意打ちすぎてめちゃくちゃ噛んだ。なんだよ「ひゃいッ」て!!どうしよう死にたい…
自分の不手際に人知れず泣きそうになっていると、ぽつり、羽炭のお母さんが口を開いた。


「…交際を初めてどのくらいですか?」

「えっと、も、もうすぐ一ヶ月になります…!羽炭、さんとは、その、清いお付き合いを…」

「どうして付き合おうと思いましたか?」

「あの、母さん…」


挨拶と言うより面接みたいな雰囲気に羽炭がたまらず声を掛けた。


「今それ聞かないとダメなやつ…?」

「聞かないとダメなやつです。別に私は怒ってるわけじゃないの。こういうのはちゃんと聞いておきたくて聞いてるだけだから、我妻さん、私が羽炭の親だからと気にして遠慮なんてしなくていいのよ」


そうは言ってくれるものの、どうしても萎縮してしまう。前世でも、今世でも、俺は親がいなかった。親代わりはいたけど、それはちゃんとした肉親じゃなくて、未だにそう言うのって、よくわからない。だから、そんな俺なんかが羽炭の“お母さん”に、挨拶していいものかと考えてしまうのが俺の悪い癖なわけで。

羽炭のお母さんが、自分の娘がどんな人間と付き合っているのか知っておきたい気持ちはよくわかる。わかるんだけど…

思わず、俯いてしまう。いろんな思考がぐるぐるしてちゃんと言葉が纏まらない。早く言わないと。早く言わないといけないのに。じゃないとなんの考えもなく付き合ってるって思われてしまう。それは、ダメだ。何か、何か、早く…

不意に手が暖かいものに包まれた。びっくりして顔を上げると、俺の手を握った羽炭が微笑んでいて。
…その時に、彼女からする泣きたくなるような優しい音に、背中を押された気がした。
ぎゅ、と羽炭の手を握り返し、前を見据えた。


「…羽炭は、優しいです」


ぽつり、こぼす。
優しいだけじゃない。優しさの中に厳しさもあって、自分には厳しすぎるけど、それはたった一人生き残った妹のためだと身を粉にしていた羽炭の努力であるし…
けれど人並みにふざけたり、冗談も言ったりする。笑うとお日様みたいにあったかし、俺だけに見せてくれる表情とか、ヴッ…てなる。かわいすぎて。
甘やかしてくれるけど、ちゃんと怒ってくれるところも好き。頬を撫でる優しい手も、仕方ないなって笑う笑顔も。
目を閉じると今では鮮明に思い出せる。前世で共に戦った記憶も、俺を選んでくれて夫婦として人生を歩んだ道のりも、すれ違って喧嘩だってした。けど、最後はちゃんと二人で手を繋いで笑い合えたから、今世でももう一度、羽炭とそんな人生を歩んでいきたい。


…あぁ、なんだ、もう出てんじゃん答え。


「羽炭、だから…。羽炭とだから、楽しい事も、辛い事も、喧嘩して、泣いて、でもちゃんと仲直りして、手を繋いで、乗り越えて行けたら…いや、乗り越えて行きたいなって、思ったから」


きっと、いつの時代でもそれは変わらない。今世では思い出せずに羽炭に悲しい思いをさせてしまったけれど、もしそれが逆であるのなら、今度は俺が思い出させてやりたいって思う。
いついかなる時も、二人で支え合えたら、なんて。大きすぎる願いだろうか。

羽炭と見つめあっていると、ふと前から笑い声が聞こえた。びっくりして二人でそっちを見ると、今の今まで真剣な顔をしていた羽炭のお母さんがおかしそうに笑ってて、俺たちはぽかん、と呆けた。


「我妻さんは、本当に羽炭が好きなのね」

「へ!?あ、その、ぅ……はい…」

「正直でよろしい。…羽炭」

「はい」

「重ねた手は、離しちゃダメだからね」

「…うん」





「我妻さん」


帰り際、ふと羽炭のお母さんに呼び止められて足を止めた。「どうしました?」羽炭とよく似た音を響かせる羽炭のお母さんに首を傾げる。


「昔ね、あの子に随分苦労をかけていたの。家のため、下の弟妹たちのため、身を粉にして働いていたあの子を残して私たちは逝ってしまった」

「…え」

「がむしゃらに拳を握り締めて走るしかなかったあの子の足を止めてくれたのは、他ならない我妻さんで、あなたがあの子の傍でずっと寄り添い歩いてくれたから、あの子は笑っていられたんだと思うの」


羽炭のお母さんの言っている事がわからない。いや、わかっているんだ。羽炭からは何も聞いてなかったし、きっと知らない事なんだろう。


「今世でも、どうか羽炭をよろしくお願い致します」


深々と、それこそ床に額を擦りつけそうな勢いで頭を下げる羽炭のお母さんに慌てた。慌てて、どうしていいかわからなくて、俺も正座して深々と頭を下げた。


「きっと、泣かせます。悲しませたりもします。でもそれ以上に笑い合えるように頑張ります」

「うん、頑張って」

「善逸?もう帰るの…って、二人して何してるの?廊下で蹲って…」

「うふふ、何でもないのよ」

「?」


不思議そうに首を傾げる羽炭。彼女には、多分言わない方がいい。お母さんが前世の記憶がある事も、亡くなってもなお傍で羽炭を見守っていた事も。わざわざ言う事じゃない。
立ち上がり、羽炭の手を取る。刀肉刺も炭焼きでの火傷の痕もない、普通の女の子の小さな手だ。
すっかり打ち解けた竈門家の皆に見送られて、俺と羽炭は手を繋いで夕暮れ道を歩く。


「善逸」


ぽつり、羽炭が名前を呼んだ。


「なぁに?」

「…ありがとうね、来てくれて」

「ううん、俺こそ、羽炭の家族に会わせてくれてありがとう。…みんな、暖かいね」

「そう?」

「そうだよ。あの家族あっての今の羽炭だなってよくわかる」

「えへへ」


ん"ー…!何その笑い方…かわいい…
ぎゅんぎゅんとうるさい自分の心臓に顔を顰めていると、ぐいッと袖を引かれた。そして頬にあたる暖かくて柔らかい感覚に、頭がフリーズした。


「大好きだよ、善逸。これからもどうか、私をよろしくお願いします」

「はわ…こ、こちらこそ、末永くよろしくお願いします…」


キスされた頬を押さえて呆然と羽炭を見つめる。「顔真っ赤」そう言って笑う羽炭になんだか悔しくなって、仕返しに唇を掠めてやったら、夕日に負けないくらい顔を真っ赤にさせて俯いた。

もぉー…かぁいいよぉ…