付き合ってるのに信じてもらえない話
※
モブクラスメイトの佐藤くんがいる
「やっぱさ、嘘だろ」
隣の席の佐藤が唐突にそんな事を言ってきて、わけのわからない俺は「はぁ?」と眉を顰めた。
「だから、お前と竈門さんが付き合ってるの嘘だろって」
「何でそうなるの!?嘘じゃないけど!?」
「夢だろ」
「そういう錯覚してたんだって」
「有り得ないよね、我妻くんが誰かと付き合うなんて」
「しかも年下」
「お前ら…」
散々な言われように俺の心はあっという間にレッドゾーンに突入した。鳴ってる…鳴ってるよ…!もうすぐ死にますよって警告音が鳴り響いてる!!やめたげて!!俺のライフはもうゼロどころかマイナス1000なの!!
しくしくとしとどに血の涙を流していると、佐藤が心底哀れんだような目で肩を叩いてきた。だからッ!!そんな目で俺を見るなッ!!
ぎッ!と好き勝手言いまくるクラスメイトたちを睨み付けた。俺のあの苦労も悲観も絶望も知らない奴らめ…ほんと、好き勝手言ってくれる…ねぇどうしたら信じてもらえる?このままじゃ羽炭が俺のかわいそうな妄想の被害者になっちゃうんだけど!!やだ!!
「あの、我妻先輩いますか?」
あああああああん羽炭ぃぃぃーッ!!来てくれるって信じてた!!待ってた!!けど今のこのタイミングで我妻先輩呼びはよくなかった!!一学年上の教室だから気を遣って先輩呼びしてくれたんだと思うけどよくないよ羽炭!!「なぁ竈門さん、聞きたい事あるんだけど」おいやめろ佐藤お前って奴は!!そんなんだからモテねぇんだよ!!え、俺?俺には羽炭がいるからもういいの。
「え?なんですか?」
「竈門さんってさぁ、本当に我妻と付き合ってんの?」
「へ、」
「俄には信じられなくてさぁ。だって、我妻だぜ?少し前まで女の子なら誰でもよかったのに、急に一途になるとか信じらんねぇし、もしかして何かしらの被害に合ってんのかなって思って…」
おい佐藤…ほんと、やめろよ…?誰でもいいとかそんな事思った事ねぇわ!!女の子は好きだけど!!正直今でも好きだけど!!前世思い出す前はそうかもしれなかったけど!!もう過去の話!!俺には!!羽炭だけ!!わかる!?ねぇ!!聞いて!?
そんな俺の心の叫びなど露知らず、羽炭はこてん、と首を傾げて(あ、かわいい…)困ったように笑った。
「我妻先輩が女の子が大好きなのは知ってますよ?今に始まった事じゃありませんし、ちゃんとお付き合いさせていただいて…」
「言わされてるんだよね?それ」
「え?いや、あの…」
どうやらうちのクラスメイトは、どうしても俺と羽炭が付き合っているのを信じたくないらしい。そこまでか。そこまで信じたくないか。悲しいを通り越して湧き上がってきた俺の怒りを嗅ぎ取った羽炭が驚いたような顔をしている。「善逸…んッ!?」つかつか、クラスメイトを掻き分けて羽炭に近付く。そして細い腕を掴んで引き寄せると、そのままやわい唇に口付けた。
あちこちで驚きの悲鳴と絶叫が響き渡る。目を見開き、固まる羽炭の後頭部に手を回すと我に返ったらしい羽炭が顔を真っ赤にして胸を叩いてくる。けど、やめない。羽炭には悪いけど、俺は証明しなくちゃいけないんだ!!
するり、背中に回した手を腰まで滑らせ、さらにぐッと引き寄せる。羽炭の唇を割って舌を捩じ込ませて絡めようとすれば、奥に引っ込み逃げるかわいいそれを追いかける。簡単に捕まえる事ができた羽炭の舌を吸えばかくん、と羽炭の膝が折れた。
「んっ…ふ、ぅ…」
「はっ、んぅ…」
ねっとり、唾液をたっぷり含ませた舌を絡ませる。歯列をなぞり、舌を擦り合わせ、そうしてようやく唇を離す頃には俺と羽炭の唇に銀色の糸が引いた。
すっかり腰が抜けたらしい羽炭を抱きかかえ、フリーズするクラスメイトたちを振り返り、指をさした。
「どうだ!!羽炭は俺の彼女だから、こんなやらしいキスだってしてくれるんだぞ!!付き合ってないとこんなのできないだろ!!俺たちはできるんだからな!!付き合ってるから!!わかったか!!」
「あ、はい…」
「よし!」
ようやく俺たちが付き合ってると理解してくれたクラスメイトたちが呆然と頷く。これで心置き無く彼女自慢できる、なんて、そんな事を考える俺の腹に鈍痛が走った。「ぐふぉッ…!?は、羽炭…何を…!?」腹を押えて崩れ落ちると、茹で蛸みたいに顔を真っ赤にした羽炭が今にも泣き出しそうに目を潤ませて俺を睨んでいた。
「ぜ、善逸の馬鹿!こんな、こんな大勢の前でこんな事してッ…!わた、私が、人前でもどこでもこんなはしたない事をする人だって思われたらどうするの!!」
「はしたな…」
「馬鹿あああ!!」
だッ!と顔を覆って走り去る羽炭の背中に手を伸ばす。当然掴めるはずもなく空を切る俺の手ではある。しん、と静寂に包まれた教室内だけど、沈黙を破ったのは佐藤だった。
「…どんまい」
「うるせぇ…でも、顔真っ赤にしてかわいかった…好き…」
「懲りねぇなお前」
羽炭の柔らかい唇の感触を思い出してニヤける俺からいっせいにクラスメイトが後ずさったけれど、そんなの気にしないもんね。へへ。
けど、誤算。数日羽炭が口を聞いてくれませんでした。
「ごめん…ごめん羽炭…もうしないから…ねぇ、無視しないで…俺死んじゃう…」
「あんな破廉恥な事をする人は知りません」
「羽炭ぃぃ…!!」
「(自業自得だな)」
「(自業自得だよね)」
「(あれは竈門さん怒るわ)」
後にあの教室での出来事は、ある意味の伝説として後代に語り継がれたとかなんとか。