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藤の花の家紋の家に行く話




「うん、重症」


そう言われてすぐさま布団に放り込まれた俺たちは、呆然と天井の木目を眺めた。

ここは藤の花の家紋の家である。聞けば、この家紋を掲げている家は以前に鬼殺隊に助けられた人たちらしく、鬼殺隊なら無償で部屋や食事などを提供してくれるのだそう。
今もこの屋敷の主人…ひささんが医者を呼んでくれて見てもらったんだけど…


「…何となくそんな気はしてたけど、まさか本当に折れてたなんてな…」

「俺はデコが痛ぇ」

「むん!」

「あ"ぁーん!?」

「こら、やめろよ伊之助!てゆーか、お前が悪いんだからな!羽炭ちゃんに逆ギレするんじゃねーよ!」


ぷいッ、とそっぽを向いた羽炭ちゃんに威嚇する伊之助に正直気が気じゃない。いつまた彼女に斬りかかるか不安だけれど、威嚇こそすれど攻撃的な音がしてこないから不思議な話だ。
なんて、呆れた目で伊之助を見ていると額に暖かいものが触れた。羽炭ちゃんの手で、寝込む俺を心配そうに覗き込んでいるから、安心させようと笑いかけた。


「大丈夫、痛むけど、安静にしてればすぐよくなるよ」

「むー…」

「本当だって。優しいなぁ羽炭ちゃんは」


ずっと羽炭ちゃんから心配だって音がする。大丈夫って言っても、すぐよくなるって言っても俺のそばを離れようとしないから、自惚れじゃなかったらこれさ、俺めっちゃ好かれてるって事だよね。ね!?そうだよね!?


「…そいつ、変な鬼だな」


心底わけがわからないと言いたげに伊之助が言った。


「変とは何だ!羽炭ちゃんはこーんなにかわいくて優しいんだぞ!羨ましいだろ!」

「はんッ、羨ましいもんか!頭おかしいんじゃねぇのか」

「喧しいわ!羽炭ちゃんは俺の事が大好きだもんね!ねー羽炭ちゃ…ん…」


なんて、でれでれ緩む顔をそのままに羽炭ちゃんの顔を見上げて、一瞬でそんな気持ちがどこかへ行った。

ぽろぽろ。ぽろぽろ。瞬きする度に俺の顔に降かかる羽炭ちゃんの涙。それを見て、俺の中に一つの可能性が過ぎった。
もしかして羽炭ちゃんは、鬼舞辻に家族を殺されたんじゃないのかって。

だって、じいちゃんが言ってただろ。人を鬼にできるのは鬼舞辻だけで、誰も殺していなかった羽炭ちゃんは長い時を生きた鬼じゃない。なら、ある日鬼舞辻に家族を殺され、たまたま鬼となって生き残ってしまったと言うのなら…

…単なる推測だ。決して正しいわけじゃない。けど、俺は決めたんだ。鬼にあるまじき優しい音をさせるこの子を、絶対に人間に戻してやるんだって。そしていつか、もう一度太陽の下を一緒に歩けたら、なんて、夢を見ている。


「…大丈夫、俺は死なないよ。いや、そりゃあれだけ死ぬ死ぬ言ってれば説得力ないかもですけど、男に二言はありませんからね!」

「!…ふふ」


羽炭ちゃんが笑った。今まで見た事のないくらいの優しい笑みに、思わずぽかん、と惚けた。慈愛に満ちた、誰かを想ってこぼれた優しい優しい笑みだった。
額に乗った羽炭ちゃんの手が目元にずれる。真っ暗になった視界と、耳に入る童謡のような旋律の鼻歌に、自分は今寝かしつけられているんだって思った。

暖かい手と、耳に入る子守唄が心地よくて泣きそうになる。
本当、彼女はどこまでも優しい。そんな彼女だから、俺は……





すぅ、すぅ、と規則正しい息遣いが聞こえるようになった頃、羽炭はそっと善逸の目から手を離した。
鬼殺隊として行動を共にするようになって、善逸がちゃんと眠れていない事を羽炭は知っていた。死にたくないと思う恐怖心と、ここまで面倒を見てくれた桑島への期待を返すため、それと、羽炭を人間に戻すために鬼のボスである鬼舞辻無惨を倒さなければいけないプレッシャーに今にも押し潰されそうになっていた善逸を羽炭はずっと心配していた。

けれど善逸はそんな事を微塵を悟らせないように笑って全てを隠してしまうのだ。正直不謹慎だと思うけれど、羽炭にとって今回善逸が怪我をしてくれてよかったと、これでちゃんと休む事ができると思った。


「…お前、本当に鬼なのか」


すっかり寝入った善逸の頭を優しく撫でる羽炭に、伊之助は問いかけた。
伊之助は不思議だった。鬼は倒さなければいけない。そのための鬼殺隊で、今までもそうしてきたしこれからもそうしていくつもりだ。けれど、鬼であるはずなのに人間を庇い、今も善逸のそばから離れようとしない羽炭はまさしく人間のそれ。伊之助が育った山でも見た、母が我が子を守るために見せる姿勢と同じもの。

きょとり、羽炭は首を傾げた。少しだけ考える素振りをして、徐に伊之助に向かって手を伸ばし、ぽすん、頭に手を乗せた。
あまりに突然の事で身構えた伊之助だったが、敵意も何も感じさせない羽炭の気配に拍子が抜ける。
撫でり、撫でり、自分の頭を行き来する手がむず痒い。さっきまでお前を殺そうとしてたんだぞ俺は。なんて思う伊之助。

不意に羽炭の手が額の瘤に触れた。感覚が麻痺しているからか痛くはないけれど、変な感じだ。羽炭を見上げるとどことなく申し訳なさそうな顔をしていて、伊之助は顔を顰めた。


「んだよ、お前がやったんだろそれ」

「…む」

「あ?」

「むぅむ」

「…謝ってんのか、それ」

「むんむん」

「…けッ。もう気にしちゃいねぇよ」

「!」


にこにこ、今度は打って変わって笑いだした羽炭にそっぽを向いた伊之助は大きく舌を打った。全くもって調子が狂う。けれど、嫌ではないと心のどこかで思っている伊之助はそれに気付かず、自分の頭を撫でる羽炭の手を甘受したのだった。