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鼓鬼と戦う話




渋々屋敷の中に足を踏み入れた俺ではある。あまりにも泣き続ける俺に、屋敷に入った途端羽炭ちゃんが木箱から出てきて俺の手を握ってくれていることが唯一の救いであるのだけど…けどさ、でも、だよ。まさかさ…


「出口が消えるなんて思わないじゃんッ!!」


ぽん、ぽん、ぽん、と、どこからともなく聞こえる鼓の音に合わせて目まぐるしく変わる部屋に失神寸前な俺ではあるが、左手に感じる羽炭ちゃんのぬくもりにどうにか白目を剥かずに済んでいる。というか、奇妙な猪に追いかけられて余計に迷ったんだけどね!!
そしてなぜか入ってきてしまった正一くんとてる子ちゃんを背中に庇いつつ、一歩一歩、亀の歩みにも等しい速さで歩いていく。


「ハァー…ハァーッ…ハァー…ッ!」

「………あの、」

「ア"ーッ!!!が、がぁぁあ…!」


がばちょ。思わず羽炭ちゃんの腰にしがみ付けば、よしよしと頭を撫でてくれた。そんな俺を見る正一くんとてる子ちゃんの視線が痛いけど、俺の心はゴリゴリ削られてるからそんなのもう気にしてられる状態じゃない。


「合図…!合図合図合図をしてくれよぉおお…!心臓がまろび出るところだった…!そうなったらお前はまさしく人殺しなんだからな…!」

「す、すいません…で、でも、その…」

「何!?」

「一生懸命先頭を歩いてくれるのは嬉しいんですけど…その息遣いと後ろからでもわかる震えに不安になると言うか…」

「やだごめんねぇ!?」


まさかの不安要素が俺だった。いや、でも、でもでもッ!仕方ないじゃん!!怖いんだから!!こうやってさぁ!!鬼の巣窟を歩いてるだけでも表彰もんだからね!?


「というより、いつまで羽炭さんにしがみ付いてるつもりですか。てる子の教育上悪いのでやめてもらえませんか」

「辛辣ッ!!言葉に気を付けて!!今君は俺の心を海よりも深く抉ったぞ!!」


こんなにも頑張ってるのにあんまりだ…。
うッ、うッ…と泣けば羽炭ちゃんが指で涙を拭ってくれてそれだけで何でも頑張れるような気がした。…気がしただけね。


ーぽん、ぽん


「ぎゃッ!!また鳴った…!」


再び鼓の音が響き渡る。例に漏れず部屋が変わったわけだが、とある広い和室に着た瞬間、てる子ちゃんが声をあげた。


「清兄ちゃんッ!!」

「ッ…!?てる、子…?」

「兄ちゃん…!」

「正一!」


わぁ!と鼓を抱えた少年…清くんに駆け寄る正一くんとてる子ちゃんの背中をぽかん、と見つめる。なんか、思ったよりも早く再会できて安心したというかなんというか…
ほ、と胸をなでおろした。


「き、君が清くん…?」

「は、はい…あの、あなたは…」

「俺は我妻善逸。こっちの女の子は羽炭ちゃん。この屋敷にいる悪い鬼を退治しに来たんだけど…」


まぁ、頼りなさは全開であるけど。なんて、清くんの足を手当てしながら自分で思って死にそうになってると、急に何かに気付いた羽炭ちゃんがふいッと部屋の向こうを見つめた。
…同時に、今まで出会ったどの鬼よりも悍ましい音が耳に入り、腕が、体が、骨が、震える。こっちに、近付いてきてる。


「ッ…」

「あの、善逸さん…?」


不安げに俺を覗き込む三人に、はッと我に返る。そうだ、今俺は一人じゃない。もっと言えば、ただの小さな子供たちが三人もいるんだ。怖い。怖い。怖い。怖くて堪らない。鬼が鳴らすこの音に屈服してしまいそうだ。
きゅ、と震える俺の手を、羽炭ちゃんが握りしめた。弾けるように彼女を見つめると、紅色の瞳がしっかりと俺を見据えていて、こくり、力強く頷いた。

…だとしても。


「…俺は、俺たちはこの部屋を出るよ」

「え…!」

「おおお落ち着いて…!大丈夫、きっと、大丈夫…!鬼を、倒してくるから…!」

「でも、善逸さん…」

「怖いよ!?すっげー怖い!!全身馬鹿みたいに震えてんの!!けどさぁ!!君ら守れない方がもっと怖いんだよ!!」

「!」

「正一くん、てる子ちゃん…兄ちゃんは今、すっごい疲れてるの。だから、二人が助けてあげて」

「僕と…」

「わたしが…」

「うん、そう。俺が部屋を出たら、すぐに鼓を打って移動してね…!今まで清くんがしてきたように、誰かが入ってこようとしたり、物音がしたら間髪入れずに打つんだよ…!」


わかった?
そう問いかければ、恐怖やら不安やらいろんな音をさせつつも、真っすぐ俺を見つめて頷き返してくれる二人がどうしようもなく強くて、ほんの少しだけ立ち向かう勇気をもらった。


「…行こう、羽炭ちゃん」

「む、」


短く返事をしてくれた羽炭ちゃんと共に、駆け出す。


「叩いてッ!!」


ーぽん


背後から二人の気配が消えた。それと同時に、目の前の廊下から姿を現した鬼に思わず足が止まりそうになる。足を止めて、踵を返して、一目散に逃げてしまいたい。

……だとしても。


「だとしても…!あれだけ大口叩いて守れませんでしたなんて事にしたくない!!」

「虫けらが…忌々しい…!」


ーぽぽん


鼓の鬼が鼓を打つたびに部屋が上下左右に回転し、不可視の爪が飛んでくる。空気を裂く僅かな音を拾ってどうにか避け続けるものの、ただ避けているだけじゃ埒が明かない。だって、近付けない。間合いに入れなきゃ鬼の頚なんて斬れない。

けれど、何度も避けているうちに鼓の仕組みがわかってきた。きっと、打つ場所によって回転する方向が違うんだ。そう気付けたはいいものの、実際に頭で理解するのと体を動かすのではわけが違う。


「むんッ!!」


俺の横を羽炭ちゃんが通り抜けた。鬼特有の身体能力で回転する部屋を擦り抜け、鼓鬼の懐に入り込んだ。…そう思った瞬間、鼓鬼が腹の鼓を打った。


「ッー!!」


ざんッ!と駆け抜けた真空の刃が、羽炭ちゃんの肩から先を切り裂いた。飛び散る鮮血と、ぼとり、床に落ちる羽炭ちゃんの腕。俺の耳に入る音が一切遠のき、目の当たりにした光景がひどくゆっくりに見える。痛みに唸る羽炭ちゃんの頭を掴み、ぐちゃり、握りつぶされる瞬間が、その、一瞬が、全部、何もかも。

頭の中が、真っ白に塗りつぶされた。