最終選別に行く話
「行きなくないよぉおおお…!!」
「ええいまだ言うか!!」
「だってじいちゃんも知ってるだろ!?俺めっちゃ弱いのに鬼がうじゃうじゃいる所になんて行ったらあっという間に死ぬよ!?死ぬんだよ!?」
「死ぬか馬鹿者!!さっさと行かんか!!」
「ギャーッ!!」
目にも止まらないビンタを食らい、崩れ落ちる俺。そんな俺をじいちゃんは目を釣り上げて見下ろした。
「紅を人間に戻すんじゃろうが!!こんな所でぐずぐず言っとらんでさっさと行けぃ!!」
「!ぅ…」
紅ちゃんを人間に戻すにあたって、じいちゃんから鬼について改めて詳しく聞いた。
紅ちゃんを鬼にしたのは鬼舞辻無惨と言う鬼だそう。鬼舞辻は千年以上前に生まれた最初の鬼とされていて、そいつの血が体内に入り込む事で鬼になる。そして人間を鬼にする事ができるのは鬼舞辻無惨ただ一人。だから、鬼舞辻に接触すれば紅ちゃんを人間に戻すことができるのではと言うのが俺たちの見解だった。
これを踏まえて、今回俺が最終選別でしなければいけない事は二つ。一つ、最終選別で生き残る事。ふたつ、最終選別が行われる藤襲山に囚われた鬼から鬼舞辻無惨の情報を得る事。
じいちゃんの向こうに見える、眠ったままの紅ちゃんを見た。念の為とじいちゃんが竹で作った口枷を嵌めているのが痛々しい。
「うぅ…行ってくるよぅ…」
「ん、行ってこい。ここで紅と待っておる」
何度も振り返った。何度も何度も振り返り、だけどその度にじいちゃんが手を振ってくれるから、ほんの少しだけ、頑張ろうと思えた。
…なんて、そんな事もありました。
「ガキの肉…!久々の人間の肉だあああ!!」
「イヤアアアアア!!来ないで来ないで来ないでぇぇえええ!!」
おかっぱの童ちゃんたちから最終選別の説明を聞き、いよいよ藤襲山に足を踏み入れた途端にこれだ。
どこに逃げても鬼、鬼、鬼。気付けば俺は三人の鬼に追いかけられていて失神寸前である。
しかもこいつら!そうとう腹が減ってるのか目がイってんだけど!悠長に質問できる状況じゃないし、ましてや素直に教えてくれるような雰囲気じゃない。俺わかるよ。
「ぎゃッ!」
よそ事を考えながら走っていたせいか、木の根っこに躓いて地面に転げた。
「ぎゃはは!無様だなガキィ!そのまま脳みそから喰ってやるよぉ!!」
「のう、みそ…」
想像、してしまった。頭骨を剥がされ、じゅるじゅると脳みそを啜られる瞬間を。嘘すぎ、じゃない…?
あまりにショッキングなその光景に、目の前が真っ暗になった。
***
善逸が最終選別へと赴いて今日で六日目。口には出さないものの、桑島は心底善逸の事を心配していた。そわそわと、意味もなく玄関を行ったり来たり、この数日間ずっと落ち着きがなかった。
送り出した善逸は自分なんて死ぬだの無理だの卑下がひどいが、そんな口とは裏腹に努力家で桑島に応えようとこそこそ修行している事も知ってるし、才能だってある事をわかってはいるが…
「それでも、もしもが起こるのが最終選別じゃ…」
信じていないわけではない。だけど無事に戻ってこれますようにと柄にもなく祈ってしまうのは仕方がない事だ。今まで何人も最終選別に送り出した弟子の訃報を聞いた。善逸の兄弟子が帰ってきた時はそれはそれは嬉しかった。だからこそ、善逸も無事に帰ってきてほしいと願う。
ーがたッ
唐突に聞こえてきた小さな物音に、桑島は振り返った。家の中でも特に日の当たりにくい部屋…そこは以前に善逸が連れて帰ってきた鬼の少女が眠っている部屋で、桑島は静かに近付いた。そして陽が入らないように少しだけ襖を開けると、今までずっと眠ったままであった少女…紅がぼうッと体を起こし、天井を見つめていた。
「…紅、起きたのか」
ゆっくり、紅が振り返り、首を傾げた。
「…あぁ、そうか。お前さんの名前は紅じゃなかったな」
桑島はすぐに紅が首を傾げた意味を汲み取り、近くの文机から取ってきた紙と筆を紅に手渡した。
「儂は桑島慈悟郎と言う。何、元鬼殺隊ではあるがお前さんを殺したりなんぞせんよ。そこは信用してほしい」
「むぅ…」
「ところで、お前さんの名前を教えてはくれんか?いつまでも紅、と言うわけにもいかないからな」
紅は手渡された筆と桑島の顔を交互に見つめる。桑島の戦意も殺意もないその顔に少しだけ信用したのか、さらさらと紙に自分の名前を綴った。
“竈門 羽炭”
存外丁寧な時で書かれたそれに桑島は驚きつつも、もはや自分の孫のような気持ちで今まで世話をしていた分喜びの方が多かったらしい。
くしゃり、とさせて桑島は笑った。
「いい名じゃな。絶対に、忘れるでないぞ」
「…(こくん)」
小さく頷いた紅ーーもとい、羽炭の頭を桑島は優しく撫でた。
そうして翌日の夜遅く、満身創痍でボロボロで、けれど最終選別を生き抜いて帰ってきた善逸に桑島は珍しく涙を浮かべ、善逸は善逸で目を覚ましている羽炭に嬉しいやらなんやらの気持ちが膨らみ、羽炭は善逸が自分を助けてくれた事を覚えていて、三人ぎゅうぎゅうと団子のように抱き締め合っていた。
そんな夜の帳が降りきった頃の話。